観光カリスマが語る 自治体に求められる観光戦略、絆づくり

訪日外国人観光客の急増から一転、コロナ禍による旅行客の減少。政府公認の観光カリスマとして、国内外の多くの先進事例に関わってきたJTIC.SWISS代表の山田桂一郎氏がインタビューに応じ、今こそ行政職員が地域経営の視点から観光を捉えなおすことが重要だと語る。

――現在の日本の観光受け入れ環境とコンテンツについてどのように見ていますか?

山田 桂一郎 JTIC.SWISS代表

観光立国政策の効果もあり、訪日外国人を中心に各地の客数は増加してきましたが、今後は消費額の向上が課題だと考えています。私の活動拠点は主にスイスなのですが、スイスはコロナ禍の中でもっとも安全・安心で魅力のある国として世界1位に選ばれました。その強みはこれまでの高品質な商品・サービスによる信用・信頼関係が特にロイヤルゲスト(継続的なリピーター)との間で築かれているからです。スイスでは国内外から雄大なアルプスに魅せられた多くの旅行者がバカンスを楽しんでいますが、リピーターになっていただけるように満足度を獲得するために常に進歩・進化をしていく意識が強く、消費額も年々増加しています。

スイスはコロナ禍の中で、もっとも安全・安心で魅力のある国として世界1位に選ばれた

スイスよりも多様で豊かな自然や長い歴史、伝統文化を持つ日本ならば、更に上質で高付加価値な商品・サービス化が可能だと考えています。

――コロナ禍で日本でも観光の取り組みが変化していますが、地域は何から取り組めばいいでしょうか。

観光というスポットのテーマではなく、地域内の産業全体の活性化を考える視点が重要です。現在、全国各地の自治体の総合計画や総合戦略、観光推進計画等を策定する委員として関わらせていただいていますが、単に観光を外貨獲得の手段とするだけでなく、域内経済循環を活性化させ、景気と税収、所得、雇用を増やすことで人口の下げ止めまでを狙っています。そのためには、今後の地域ビジョンを明確にした上でKGIから因数分解出来るようにKPIの設定を重視しています。

KPIの位置づけを明確に

現在、多くの地域では観光戦略を策定する際、観光客入込数や動画の再生数、着地型商品の企画数など、経済政策としてほとんど意味の無いKPIを並べている自治体があります。これからは外貨獲得を起爆剤にどれだけ総生産額を引き上げるのか、もしくはこれまでの定住人口減少分の消費額をいくら補うのかなど、経済政策として明確に位置付ける必要があります。

また、地域マーケティングを推進するために、CRM(顧客関係管理)の構築と共に顧客の実際の消費や行動を把握することからどのような価値観や趣向から何を要望しているのかを知ることで満足度の高い商品・サービスを提供しなければなりません。

先述のスイスの山岳リゾート地であるツェルマットでは、策動会社や登山鉄道会社がICチップ付のパスによりお客様の行動を把握しています。お陰で遭難者の早期発見にも役立っています。マッターホルングループでは山中にある同グループのレストハウスや売店などの支払いにホテルカードが利用できます。滞在中の決済によるストレスから解放されるだけでなく、顧客の消費行動を一元で管理することもできるのです。徹底したリテンション戦略とONE TO ONEサービスでロイヤルゲストを増やし、情報発信に頼らずとも口コミで人が訪れる好循環が生まれています。

――日本でもそういった事例は再現できるでしょうか。

十分に可能です。日本では富山の薬売りの手法がそれに当たります。富山の薬売りは懸場帳(かけばちょう)という顧客管理台帳を作成しており、家族構成や販売した薬の種類や数、さらにそれをいつ誰がどれくらい服用したのか、健康状態はどうか、などを把握して商売をしていました。

スイスに学んだ気仙沼

例えば、私がお手伝いをしている気仙沼市でも、ツェルマットから学んだCRMのしくみを導入して成功しています。気仙沼市ではまず地元の商工会議所・若手事業者・移住者などの方に、実際にツェルマットに来てもらい、しくみと体制を学んでもらいました。その後、気仙沼市のファンクラブである「気仙沼クルーシップ」を立ち上げ、CRMとデータベースマーケティングのプラットフォームとしています。会員カードとスマートフォンアプリはポイントカードになっており、市民や旅行者の消費・行動の履歴を蓄積、マーケティングデータとして活用しています。現在の会員数は2万6784名、地元事業者の参画店舗が126店舗、コロナ禍でも7月は前年同月比で売上を35%も増やしました。

さらに、図書館ID、病院の検診ポイント、ボランティアポイント付与など様々な機能を実装することで住民サービスを向上させられます。今後は、クラウドの翻訳アプリやマルチQR決済などの実装も検討されており、気仙沼クルーシップの価値が高まっています。

――気仙沼市の成功の要因はどこにあるのでしょうか。

地域における観光産業のあり方を捉えなおし、政策として明確に位置付けしたことだと思います。そして、行政と事業者が同じテーブルに付き、地域内の産業構造から全体を考えたうえで、役割分担を明確にし、事業がダブっているところを解消するようにシンプルにしました。市を一つの会社として見立て、市役所は総務部、商工会議所は人事部、観光コンベンション協会は営業部とするなど、組織の役割が明確になっています。更に経営ボードとして、市長と会頭、会長などが2カ月に一度集まることで戦略策定と意思決定、PDCAを加速化させています。そのため、それぞれが縦割りで動くのではなく、共通した目的と共に目標を共有して無駄なく動くことができたのだと思います。

――行政はどのように取り組むのがいいでしょうか。

まずは地域の産業構造と生産額などを把握、観光を経済活性化のための外貨獲得の政策として捉えなおすこと。特に訪日外国人だけではなく、県外、市外の旅行者の定量的な数値目標を持つことです。また、今後は観光関連産業だけでなく地域内の産業構造を見える化することが必要になります。産業連関分析からの検討を始め、どのような地域にするために、いくら稼ぎたいのか。同時にその効果として住民の幸せや社会の豊かさを最優先に考えることが重要です。行政は、既存のやり方に捉われず、もっと自由に考え、まずは地域の現状把握と共に理想のビジョンを描いて取り組んでいただければと思います。

自治体 首長・観光課・企画課、観光協会、DMOの方へ

自治体職員向けオンライン研修
地域の産業政策から考える観光地ビジョン策定研修

講師:山田 桂一郎(JTIC SWISS、内閣府認定観光カリスマ)
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