135万本の記事ビッグデータから構想 被災者を支えるメディア
災害発生時・再建期・復興期と時期により変わる情報ニーズ。地方紙として長年地域に寄り添ってきた神戸新聞社では、膨大な記事情報を元に、暮らしのレジリエンスを支える新たなメディア事業を構想する。メディアビジネス局 企画推進部長の豊川聡氏と研究員の峯大二郎氏に聞いた。
地方紙で進むデジタルシフトと
収益化のための事業構想
1898(明治31)年創刊の兵庫県を取材エリアとする「神戸新聞」を発行する神戸新聞社。122年の歴史を刻み、5つの元号をまたいできた。大正時代は米騒動の影響で焼き討ちが延焼し、昭和は大空襲を受け、平成は阪神・淡路大震災によって3度も社屋を失ったが、1日も休まずに発行を続けてきた。「このDNAが当社の社員の中に生き続けています」と豊川氏は話す。
全国地方紙トップの12の地域版を発行するほか、地方紙ながら「デイリースポーツ」など21のグループ企業を抱えているのも特徴だ。
一方で、紙媒体の売り上げが厳しい中、同社でもデジタルシフトを進めており、10月にはDX統括本部が立ち上がった。
豊川氏が所属するメディアビジネス局は、新聞広告をベースにしながら、新規事業を進めるためにできた部署だ。「地域の困りごとを一緒に解決していこう」という狙いもあるという。
こうした事業を進め、収益化を加速するため、日頃から経営的な視点を持つ峯氏を研究会に派遣した。
新聞社の知見と現場経験から
被災者支援メディア事業を構想
参加した峯氏は「SDGsはニュースなどを通じて知ってはいましたが、研究会を通して初めて深堀りし、本質を理解したように思います」と話す。
以前は編集局で記者やカメラマンの仕事にも従事していた峯氏。メディアビジネス局に配属後も新聞の広告営業をする中で地域の課題や困りごとを聞いており、解決したい思いはあった。「地域の困りごとを解決するのは社会貢献やCSRという印象でした。SDGsは社会的価値と経済的価値を両立して持続可能性を考えるので、自分の中にすんなりと入ってきました」
研究会を通して、特に防災、災害時にサービスが提供できないかと、被災者支援メディアの事業を構想するようになった。背景には、記者時代に災害の発生現場や復旧現場に赴いていた経験が生きている。「発災直後は情報があふれていますが、時間とともに減っていくことが分かっています」
同社でも、阪神・淡路大震災の発生から25年間に書かれた記事135万本から分析を行なっており、急性期は安否情報などインフラ関連、1カ月後は生活支援や生活再建、まちづくりといったものとなり、被災者のニーズが変動していくことが明らかとなった。同時に、時間とともに情報量が減っていくことも示された。「新型コロナについて言えば、初期は感染対策が中心でしたが、徐々に生活や雇用などに変わっており、震災と同じような流れで情報が発信されていることが分かります」
時間とともに求められている情報が変わってくる中で、急性期はあふれている情報の整理、その後は長期的な視点で、被災者が求める時期に必要な情報を提供していく必要がある。これらを反映しながら、災害時の生活再建メディアをスマートフォンアプリなどで構築する事業の構想を進めていった。「発災時は、自治体も機能しづらく、被災者の困りごとに対応しきれない状況も多いので、メディアが仲介役となって、課題解決にもつなげられるような仕組みも整えたいです」
神戸新聞社 峯氏の事業構想サイクル
地域課題に対する支援を
事業として展開する意義
もともと、「メディアとして情報を伝えるだけで良いのか」を課題意識として持っていたという峯氏。「実際の支援、行動につながるようなサービスを地元メディアとしてできないか、という思いはありました。一方でサービスを提供するにはビジネスの視点が必要という意識もありました」
研究会では、なぜその事業をするのかを突き詰めて考える機会になったという。「何をするのか、どうやってやるのかという部分は日常的に業務で考えますが、なぜその事業をするのかを妥協せずに考える機会になりました。業種が異なる研究生から、意見交換の場で毎回刺激的な視点をもらえたことも大きかったです」
構想した事業を発展させるため、兵庫県立大学とともに先述の135万本の記事から自然言語処理を用いて、よく使われた言葉や「感情」を分析する共同研究も行った。「1週間から1カ月のあたりで頻出の言葉が復旧から復興に変わり、1〜5年ごろは支援、交流が増えました。結果から、発生〜1年前後がターニングポイントとなることが分かりました。今後、このデータを物差しにして、時間軸とともに課題・関心事、ニーズに合わせた情報提供につなげたいです」
現在サービス化には至っていないが、兵庫県教育委員会に持ちかけ、共同研究結果を教育現場で活用できないかを探った。「震災25年を機に地元高校で防災学習に活用いただいた。今後は行政や関係団体との連携を模索するとともに、研究会での知見を生かして、新しいことにチャレンジしようとする若手社員の後押しなどを続けて欲しい」と豊川氏は期待を込める。