「個人の都市」時代のまちづくり スマートシティを持続可能に

デジタル技術をフル活用し、都市を丸ごとアップデートするような動きが先進都市で進んでいる。多くの社会課題が山積している今、その解決策とされるスマートシティを持続可能な事業とするために求められるものは何か、行政・学術・産業の立場から話し合う。

都市を丸ごとアップデートする
「UDX」というアプローチ

廣瀬 デジタル技術で都市運営を革新するプロジェクトが世界中で進み、日本でも政府や多くの企業が社会課題解決や新規ビジネス創出の場としての「スマートシティ」に取り組んでいます。年始に発表されたトヨタの「コネクティッド・シティ」プロジェクトはまさに象徴的で、2020年代は「市民にとって望ましい都市とは何か」がひとつの重要テーマとなっていくのではないでしょうか。

廣瀬 史郎(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社シニアマネジャー)

では、そのスマートシティの望ましい姿とは何か、実現に向けて何が必要なのか、本日は三者三様の立場から意見を交わしたいと思います。まず、葉村さん、東京都市大学の未来都市研究機構では「アーバン・デジタル・トランスフォーメーション(UDX)」を提唱しておられますが、これはやはり新しい都市のあり方を構想する上で不可欠な要件ですね?

葉村 そうですね。人工知能(AI)や、それを支えるディープラーニング(深層学習)、センサーの技術、ビッグデータ、IoT、そしてインターネット通信網などのIT環境を最大限に生かしながら、毎日の生活をより暮らしやすい、豊かなものに変えていく。それがUDXの基本的な考え方です。

葉村 真樹(東京都市大学総合研究所 教授、未来都市研究機構 機構長)

ただ、理解しておきたいのは、デジタル化とデジタル・トランスフォーメーション(DX)は別物だということです。デジタル化は、すでにある事業や業務を効率化するために行うもの。対してDXは、これまでとはまったく異なる方法論に変えてしまう、新しい形態を創り出していくものです。

例えば、無人店舗。日本のコンビニや量販店で試みているのは、電子タグの付いた商品を専用機に通すことで客自身が精算できる仕組みですが、レジ業務の省力化は果たせても、レジで精算する行為そのものがなくなるわけではありません。一方、Amazonが運営するコンビニ「Amazon Go」にはレジがなく、客が商品を自分のバッグに入れて店を出る、それだけで知らぬ間に決済が終わっている。こうなると買い物体験のスタイルが大きく変わっていきます。それがDXです。

廣瀬 技術起点のスマート化ではなく、生活のあり方をゼロベースでデザインできる、さらに言えば、それが必要な時代が今ですよね。都市を丸ごとアップデートする、と言ってもいいでしょう。Googleの関連会社がカナダのトロントで提唱している再開発やアリババの中国杭州市におけるAI都市運営システムは、そのような典型例ですね。

葉村 UDXがつくる社会では、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)が高度に融合していくはずです。ある人の健康情報や、購買歴、飲食の嗜好、移動経路、行動範囲、そういった情報があたかも分身のようにサイバー空間に存在し、そのデータをもとに市民一人ひとりにパーソナライズされた商品やサービスが提供される。その技術はすでに実装できるレベルにあると言ってもいいでしょう。

部門最適から全体最適へ
前橋市のアーバンデザイン

廣瀬 「革新的な技術は既に沢山ある、だが都市に関わるステークホルダーを巻き込みながら具体的なコトにまとめていくことは容易ではない」これは当社のクライアントが共通して抱える課題でもあります。谷内田さん、実際に都市計画を推進する行政のお立場からするといかがですか。前橋市は、アーバンデザイン策定や「超スマート自治体」といった先進的な市民参加型まちづくりで注目されていますね。

谷内田 東京一極集中の裏側で起こる地方都市の地盤沈下、人口減少、事業承継難、公共財政の逼迫等、こうした複雑化した問題を解決するには、もはや行政単独のまちづくりでは限界がある、という危機感がまず根っこにありました。では、産学官民の幅広い連携を可能にするにはどうするかと考えて出てきたのが、ビジョンの共有です。前橋市では、民間と行政が連携して、ポルシェやアディダスをブランディングしているドイツのデザイナー集団KMS TEAMに委託し、たくさんの市民の方々や企業へのヒアリングをもとに「めぶく。Where good things grow.(良いものが育つまち)」を設定しました。

谷内田 修(前橋市 政策部未来の芽創造課 課長(兼)渉外係長)

「めぶく」というのは、暮らしやすさや多様性、寛容性といった要素をベースとして、まちや人が幸せになるための新しい価値を創造することを意味しています。市民も企業も団体も行政も、それぞれが「自分ごと」として良いまちをつくるために行動する、そして同じ価値観を持って挑戦する人やコトを市がしっかりと支えていく、そんなまちづくりをしていこうと決めたのです。

葉村 それは人間中心のまちづくりとも言えますね。先ほどのAmazon Goも、レジに並ぶ必要が無いといった具合に、利用者目線でサービスが設計されています。人間中心設計であること、これも新しい都市の要件です。

谷内田 確かに行政から市民へ、つまり個々の人間へと、まちづくりの「主語」が大きく変わる転換期に来ているな、という実感はあります。行政の仕事はもちろん、まちや人を幸せにすることなのですが、どうしても部門ごとの課題解決が優先されて、全体を最適化する動きには結びつきにくい。「群盲象を評す」という言葉があるように、まちの一部にしか触れていない人が意見を出し合い部門の最適化を図っても、まち全体を評し最適化を図ることにはなりません。部門の最適化から全体最適化へ変えない限り、現在の人口減少や中心市街地活性化のようないくつもの要素が絡み合う複雑な問題を領域横断的に解決することはできないのです。

ですから、前橋市では企業人やクリエイターといった多様な人たちを巻き込んで、部門最適型の「市役所経営」から、全体最適型の「地域経営」へと転換させる仕組みをつくり、「都市魅力アップ共創推進事業」というものを始めました。すると、ヤマダ電機との前橋イルミネーション&ライトアップ事業とか、ジンズ(JINS)の田中仁財団と作成した前橋ビジョンとか、太陽の会(後出)との岡本太郎の「太陽の鐘」の設置といった、ものすごく面白い事業がぐんぐん立ち上がっていきました。

今、前橋がやっているのは、共有ビジョンの下で、そうした誰かと誰か、何かと何かをマッチングして拡げることだと思っています。

廣瀬 谷内田さんのいらっしゃる「未来の芽創造課」のような部門横断型組織で実践されている全体最適の考え方は、長期的視野に立ってあるべき姿を描き出すデザイン思考のアプローチと重なるように思います。

葉村 そうですね。デザインというのは本来、対象となる人なりコトなりの情報を集めて、問題点や共感するところを見極め、そこに向けてどんな解決策やサービスを提示するかを複合的に導き出していく作業をいいます。ですから、全体を描かなくてはいけない。そして、アイデアを出しては検証し、改善を繰り返すことで磨きがかかる。アジャイル(俊敏かつ柔軟に反復する開発手法)が大切なのです。

谷内田 デザインは「de」+「sign」ですから、いったん崩して示す、再構築すると考えればわかりやすいですね。

個人が主役のまちづくり 「法人の都市」からの転換期

葉村 都市づくりの視点でもう1つ重要なのは、これからは「個人の時代」になるということです。建築家の黒川紀章さん(故人)が著書の中で、こんなことを書かれています。過去に人類が創り上げてきた都市は5つのステップを経て変貌してきた。古代メソポタミア時代の「神の都市」、古代ローマ期までの「王の都市」、ルネサンス以降の「商人の都市」、産業革命から今に続く「法人の都市」、そして21世紀は「個人の都市」であると。

廣瀬 先ほどのデジタル技術によるサービスのパーソナライズも、人間中心のアーバンデザインも、市民が「自分ごと」として関わる都市経営も、全て「個人の都市」に通じますね。とても納得感があります。

私自身は企業向けにスマートシティ事業の経営コンサルティングを行う立場ですが、特定の企業の視点だけで事業を描き切ることは稀で、「法人の都市」からの転換期を迎えつつあると実感しています。

葉村 誰がその中心に存在するかで都市の構造が決まるわけです。現代は企業活動の効率性を高めるために、交通網を張り巡らし、高層ビルを建て、経済合理性によって都市を規格化してきました。しかし、もうそれでは通用しない。個人の視点で見たときにストレスのない状態をどうつくるのか、つまり個人の課題を起点にして都市のあり方を考えるべき時代が来ているし、個人自身が、こんな都市を望んでいるという意思を発信する主体にならなくてはいけないのだと思っています。

廣瀬 個人中心のまちづくりの典型例が、車道を減らし個人が安全に心地よく過ごせる歩行空間を増やす、都市のウォーカブル(walkable)化でしょうね。以前からある考え方ですが、自動運転やMaaSなど新たなモビリティ技術を活用することで、抜本的に街路を再構成する動きが国内外で活発になっています。これなどもまさに、今までとは主語が異なる発想といえそうです。

「まちづくり」の産業化に向け
カギ握るファイナンス

廣瀬 個人中心のまちづくりを成功させる上で、ここまで話してきたビジョンの共有やデジタル技術活用に加えて、私は長期スパンで事業を持続させるための新たなファイナンスの設計が重要と考えています。

まちづくりが住民にとっての価値を生み出すまでには時間がかかります。様々なステークホルダーが一定のビジョンを共有しつつ有機的に連携し続けるには、資金の投資(調達)と回収のサイクルを整備することが必要になるでしょう。デロイトトーマツではそれを「スマートシティファイナンス」として提唱しています。前橋市の例でいえば、純利益の1%をまちづくりに投資することに賛同した経営者が集う「太陽の会」はとても意義深い取組ですよね。

デロイトトーマツとしても、資金回収(エグジット)サイドを含む新たなファイナンスの仕組みづくりを進めています。

言い換えれば、「志」としてのまちづくりから、「産業」としてのまちづくりへ昇華していくということです。

谷内田 持続的な資金循環を成立させるためには、民間プレイヤーが創出する価値を可視化・定量化し、行政が支払う対価を適切に設定することが大事ですよね。前橋市で取り組んでいるEBPM(Evidence-based Policy Making。経験知や勘ではなく、データ分析などの「証拠」に基づく政策立案)はその第一歩です。新たな価値の評価指標の必要性を各地の自治体に広く認識してもらうためにも、先進モデルとしての成功事例をきちんと見せていきたいと考えています。

葉村 極論すれば、日本に残された最後の成長産業は都市しかないと僕は思っています。それはビッグデータの構築が云々の話ではなく、都市の課題解決にどうソリューションを提供し、持続可能なビジネスとして成立させるかの問題です。それには今までまちづくりとは無関係だったような企業や業界に対して、自分たちの事業を再定義することで実は都市問題とつながる部分があるのではないか、そう呼び掛けて意識変革を促していくことが新たな産業創出の第一歩と考えています。

廣瀬 既存の枠組を超え様々な立場の人が集まり知恵を出し合うことが、まちづくりの産業化に向けて最も重要なことですよね。産学官民が連携し、新たな事業の起点を生み出していければと思います。本日はどうもありがとうございました。


 

葉村 真樹(はむら・まさき)
東京都市大学総合研究所 教授、未来都市研究機構 機構長

 

谷内田 修(やちだ・おさむ)
前橋市 政策部未来の芽創造課 課長(兼)渉外係長

 

廣瀬 史郎(ひろせ・しろう)
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社シニアマネジャー