奈良県教育委員会×モリサワ 教育の現場でのUDフォントの可能性

全国の公立小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち発達障害の可能性がある小中学生は6.5%(2012年文部科学省調査)に上るという。近年、デジタルデバイスを通じて文字にふれる機会が増加する中、読みやすい「文字」の書体から、インクルーシブ教育が変わろうとしている。

UDフォントで"伝わる"教育へ --従来の教科書体との比較

 

ここ数年、様々な場面でよく使われるキーワードが"わかりやすい"という言葉だ。書籍や新聞、広報誌などの印刷物をはじめ、WebやメールなどのDTP、あるいは交通標識や掲示板にいたる「文字」の世界においても、多くの人に理解しやすい「ユニバーサルデザイン(UD)」のコンセプトからつくられた「UDフォント」への関心が高まっている。

特に、「読む」「書く」といった文字を使用した学習活動が多い教育現場では、どんな児童・生徒にも受け入れられやすいフォントが必要とされる。奈良県教育研究所 副所長の石井宏典氏はこう話す。

石井宏典 奈良県教育研究所 副所長

「これまで教育の現場では、主要なコミュニケーションツールの1つである文字の重要性を認識しながらも、フォントについてあまり意識をしてきませんでした。しかし、教育の情報化、ICT活用が進む中、奈良県ではICT活用教育エバンジェリスト育成研修を数年前から推進しており、この中で少なからず在籍する発達障害、学習障害(LD)の子供たちへの対応の方法の1つとしてUDフォントに着目し、何か教育委員会として支援ができないかと様々な取り組みを始めています」

きっかけは、2017年度の高校入試で「ディスレクシア(読み書き障害)の生徒が受験するので県でも配慮をしてほしい」という中学の先生からの要望だった。「我々のほうではテスト問題を拡大して読みやすくして対処したのですが、後で調べるうちに明朝体で読めなくても、UDフォントを使った文章なら読みやすい場合があるということがわかった。これは是非とも早く導入したいと考えました。まずは10校ある特別支援学校に配備しているコンピュータには全てUDフォントを導入しました」

同教育研究所によると、小学校4年生(68名)、高校生1年生(142名)でフォントを変えた文字を数種類見せたところ「モリサワが提供するUDデジタル教科書体が読みやすいという声が圧倒的に多く、約8割の生徒が他より早く読めた。さらに、UDデジタル教科書体で書いた設問はテストの正答率が高いという検証結果が出ました」と石井氏は説明する。

奈良県では、これまでも特別支援教育や人権教育、僻地教育などに力を入れていることから、UDフォントの導入は全ての子供たちに有効であると考え、導入に際する迷いはなかったそうだ。

読みやすい書体で社会貢献
より読みやすく改良

モリサワ(大阪市)は、写真植字機を世界で初めて開発・実用化して以来、「文字を通じて社会に貢献する」を理念に掲げ、使う人の目線で書体を開発してきたフォントのメーカーだ。

2009年11月からUDフォントの市場投入が始まり、近年、学習指導要領に準拠した「UDデジタル教科書体」の提供が始まった。この書体は、ICT教育の現場から高く支持されており、電子黒板・タブレット端末でも可読性・視認性に優れた書体づくりが施されている。

「開発の背景には、視力が弱い子やディスレクシアの子供に対して拡大教科書を手作りでつくっていた状況があります。社会的責任がある仕事なので、エビデンスをキチンと取得することを一番に考えました。教科書・教材メーカーなどからヒアリングをし、現場の声を重視してより読みやすいフォントを追求するなど、約10年の歳月をかけて開発しています」とモリサワ上席執行役員 エンタプライズ事業部長の田村猛氏は話す。

田村猛 モリサワ 上席執行役員エンタプライズ事業部長

モリサワでは、UDフォントの比較研究を慶應義塾大学心理学教室の中野泰志教授に委託。①文字の判別のしやすさ、②読書効率の高さ、③低視力状態での有効性、の検証を行った結果、UDフォントが通常の書体に比べて判別がしやすく、情報などを最も効率的に読むことができると報告されたのだ。

そして「障害者差別解消法」(2016年4月)の施行により障害を理由とする差別のない社会にしようという機運が高まったことで、一気に「UDデジタル教科書体」への関心が加速する。また教科書のデジタル化が進む中で、問い合わせが増加。同書体は昨年マイクロソフト「Windows10に標準搭載」というトップニュースもある。

インクルーシブ教育の実現へ
自治体もUD書体の導入を

「UDデジタル教科書体」は、筆運びの向きや点、ハライ、画数、筆順などは学習指導要領に準拠しつつも、太さの強弱を抑えてロービジョン(弱視)、ディスレクシア(読み書き障害)などにも配慮しているのが特徴だ。「例えば、読みに困難さを抱えている子の中には尖ったところがある文字については恐怖心をもたれる子もいるようで、書体の角をまるくしたUDデジタル教科書体なら読めたという声を聞くと、本当に苦労して開発した甲斐があったと思います」と田村氏はいう。

加えて、大阪医科大学LDセンター奥村智人氏の研究においてディスレクシアを含む読みに困難さがある児童(小学2〜6年生)を対象にした新たなエビデンスも取得。インクルーシブ教育への着実な前進となった。

また奈良県では、ICT活用教育エバンジェリストを育成する研修を実施。研修の一部ではモリサワも登壇し、UDフォントの教育現場における必要性をエバンジェリストたちにレクチャーした。さらに、2年間の活動報告を「ならえば」という冊子に掲載、その全文にUDフォントを活用した。奈良県教育委員会のデジタルデバイスの端末は、「今年度中にはUDデジタル教科書体を搭載したWindows10に切り替える」と石井氏は熱い姿勢だ。

「教職員が作成する学級通信等のお知らせやテキストなどで教職員がUDフォントを積極的に使い、多くの子供の目にふれさせることが、やがて大人になって世の中に出てもユニバーサルなデザインや考え方に親しみ、伝わりやすい表現方法を考える教育にもつながると思うのです」と石井氏が話すように、UDフォントの積極的活用は、教育インフラの整備にも直結しているといえる。

奈良県では、こういった知見を現職の教職員に伝え、県全体の取り組みに広げていくため、UDフォントを活用する研修を数回にわたり実施。「今後は奈良県内の教育ネットワークの構築に併せて県の教育機関全てでUDフォントが使用できる包括契約を進める方向で検討している」という。

ユニバーサルデザインが標準となる中で、今後、教育現場でのUDフォント導入が必要になるであろう。また、多様な住民への情報発信を求められる自治体においても、UDフォントの利用は増えていきそうだ。

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