セールスフォース 地域と組織の枠を越え 被災者に支援を届ける
災害は、自治体や関係組織の境界に沿って起きるものではない。一方、住民情報や支援制度、物資、医療・福祉のデータは、それぞれの組織が管理している。CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)で成長してきたセールスフォースは、データをつなぐ力を防災に生かす。地域と組織の枠を越え、一人ひとりに支援を届ける防災DXを構想する。

顧客起点のCRMを公共サービスへ
セールスフォースは1999年、米国で創業した。顧客との接点や関係を継続的に管理するCRMをクラウドで提供し、SaaSの先駆けとして成長してきた。同社が現在、注力領域の一つに据えているのが公共分野である。
セールスフォース・ジャパン 常務執行役員 公共ビジネス開発本部 本部長の笛木克純氏は、公共分野とCRMの親和性を強調する。
「CRMは、顧客一人ひとりの状況を継続的に捉え、必要なサービスを適切なタイミングで届ける仕組みです。公共分野でも、対象を住民や事業者に置き換えれば、考え方は同じです。むしろCRMは、公共にこそ親和性が高いのではないかと思います」
行政と住民の接点は、一度の申請や手続きで終わるものではない。出生や子育て、教育、就労、医療、介護など、行政が支援するサービスは人生の段階によって変化する。窓口ごとに申請を処理するだけでなく、住民一人ひとりを起点に支援の全体像を捉える。民間企業で培われたCRMの発想は、こうした継続的な住民サービスにも応用できる。
公共分野では、政策や社会状況の変化に応じて、新しい仕組みを短期間で立ち上げなければならない。新型コロナワクチンの接種では、セールスフォースは対象者の登録、予約、在庫管理、接種履歴などを一元管理するクラウド基盤を提供した。既存機能を自治体や医療機関の業務に合わせて設定でき、ゼロから開発するより迅速に運用を始められる。予測できない災害でも、この機動性が生きる。平時から共通基盤を備え、発災時には給付や被災者支援などの業務を素早く組み立てる。SaaSと、最小限のプログラミング、もしくはプログラミングなしでシステムを構築できるローコード・ノーコードを強みとするセールスフォースは、そこに役割を見いだしている。
地域と組織を越えて支援をつなぐ
防災DXの難しさは、災害が行政区域を選ばないことにある。地震や豪雨、河川氾濫は市町村や都道府県の境界と関係なく被害を及ぼす。住民が別の自治体へ避難すれば、避難元と避難先の情報連携が欠かせない。
関係する組織も行政に限らない。医療機関や介護事業者、物流企業、小売業、NPOなどが、それぞれ異なる情報や資源を持つ。被災直後には水や食料、医薬品が必要になる。その後は、住居、給付、就労、治療、介護と、必要な支援が一人ひとり異なっていく。
「災害支援の仕組みをつくる際には、被災者を起点に考えます。災害時に大切なのは、被災者に対して何ができるかです」と笛木氏は語る。
しかし現在の行政サービスは、住民が制度を知り、自ら検索・申請する「プル型」が中心だ。災害時には、制度を調べて申請できる人ばかりではない。住民の状況を把握し、「利用できる給付があります」「薬は足りていますか」と行政側が先回りして働きかける「プッシュ型」の支援が求められる。
セールスフォースは、石川県が公開した広域被災者データベースの仕様書などを分析した。その知見を基に、CRMを活用した被災者支援システムのプロトタイプを構築している。核となるのは、被災者一人につき一つの記録を持ち、避難から生活再建までの支援を時系列で把握する「被災者カルテ」だ。
セールスフォースが提供する自律型AIエージェント『Agentforce』は、データを基に情報を整理し、職員の判断や業務の実行を支援する。この仕組みでは、未受給の給付や健康リスクなど、支援が必要な可能性のある被災者を抽出し、最終的な判断は職員が担う。
重要なのは、すべての組織に同じシステムを使わせることではない。それぞれが保有するデータを必要に応じて安全につなぎ、被災者を中心に信頼できる情報を組み立てることである。自治体間だけでなく、医療、福祉、物流、企業、NPOまで含めた連携によって、支援の漏れや物資の偏りを減らすことができる。
米国の非営利団体Good360は、企業の余剰在庫や寄付物資を、被災地で活動するNPOへ届けている。同団体では、こうした物資と被災地の需要をAgentforceでマッチングしている。距離、輸送手段、在庫などを基に物資を提案し、配送や引き渡しを支援する仕組みだ。セールスフォースは、この仕組みによって支援対象を推定1500万人拡大し、45億ドル相当の物資配布につなげられると見込んでいる。データをつなぐことが、支援の量だけでなく、届く速さと確実性を変える事例である。

テクノロジーを公共の福祉のために
笛木氏は、防災DXを「我が国の行政全体のチャレンジの縮図」と位置付ける。自治体間の連携、官民の情報共有、給付や医療・福祉の接続、人材不足への対応。防災で表面化する課題は、平時の公共サービスにも共通する。
防災で構築した仕組みは、ほかの行政分野にも展開できる。災害給付の業務を組み替えれば、子育てや生活支援の給付にも応用できる。ローコードであれば、業務を最もよく知る行政職員が改善に関わりやすい。防災DXを起点に、住民本位の公共サービスへ変革を広げていく構想だ。
その根底には、創業者マーク・ベニオフが掲げる「ビジネスは社会を変えるための最良のプラットフォームである」という信念がある。セールスフォースは創業当初から、株式、製品、従業員の就業時間の各1%を社会に還元する「1-1-1モデル」を掲げてきた。
「単に利益を追求するのではなく、ITを通じて社会に貢献したいと考える人材が集まっています。そうした社員が行政の仕組みづくりを支援する。そこに、当社独自のアプローチがあります」と笛木氏は語る。
地域や組織の枠を越えてデータをつなぎ、被災者一人ひとりに必要な支援を届ける。それはCRMを新たな市場へ展開するだけの取り組みではない。企業が持つ技術と人材を、公共の福祉のためにどう生かすか。その問いに向き合うことが、セールスフォースの防災DXなのである。

- 笛木 克純 (ふえき かつずみ)
- セールスフォース・ジャパン 常務執行役員 公共ビジネス開発本部 本部長