「もんぺ」は日本のジーンズ 地域文化が継承される経済圏をつくる

昔ならではの「もんぺ」が流行しているが、震源は"地域文化商社"を標榜する福岡県八女にある株式会社うなぎの寝床だ。文化と経済を融合させ、地域文化が継承できる生態系を思考する白水高広代表取締役に、その構想をうかがった。

文・矢島進二 日本デザイン振興会 理事

 

白水 高広 うなぎの寝床 代表取締役

白水氏と筆者が最初に会ったのは、厚生労働省の雇用創出事業「九州ちくご元気計画」がグッドデザイン賞の特別賞を受賞した2011年に遡る。同事業のスキームは画期的で、福岡県の南筑後地域で行政と民間が連携して、50人以上のデザイナーがメンター役として参画し、地域が抱える課題を抽出。それを雇用創出を手がかりに多様なデザイン手法を用いて解決するプロジェクトであった。

同事業から、お茶や海苔などの食品から、石鹸や線香花火などの雑貨類まで、様々な商品が地域ブランドとして誕生したが、単なる新商品開発ではなく、参加事業者の"意識"を変え、起業など次のステップへの移行を誘発させるというコンセプトを持っていたのが、他の地域活性事業とは異なる点であった。

白水氏の出身は佐賀で、大分大学で建築を学ぶが、「新しい建築をつくる必要はない」と考え、卒業後は福岡に移住し地域の仕事や、様々なコンペに専念する。ある時、パッケージデザインが地域の新聞に掲載され、その記事を目にした県庁職員から声がかかり、元気計画事業の中核となる推進メンバーとして参加することになる。米や野菜などの農業から伝統工芸、さらに流通や行政に至るまで、地域づくりに2年半従事する。

その時期に久留米絣のもんぺの復興を手掛け、出会った際も「将来東京ミッドタウンで"もんぺ博覧会"を開催したい!」と発言されたことを鮮明に記憶している。

助成事業であるため3年間で終了するが、白水氏は「せっかく世に出したのに、これで終わらせてしまうのは地域のためにもならないし、継続して発信する拠点を持つべき」と考えた。

日本のジーンズ「MONPE」

戦時中の空襲演習時の服として、国が婦人標準服としたのが「もんぺ」だという。戦後も着心地がよいため、農作業着として定着。久留米には絣があったので、全国に供給し続けてきた歴史がある。

白水氏は、八女市の物産館で偶然もんぺを目にし、試しに履くと心地がいいことに驚き、可能性を感じたという。そこからもんぺの歴史や、柄などを調べ始める。

そして、絣の織元を訪ね協力を仰ぎ"もんぺ博覧会"と称するイベントを開いたところ予想を超え3日間で250万円を売上げ、その資金をもとに八女の借りていた町家を改修し、2012年にアンテナショップ「うなぎの寝床」を開業。現代のテイストにあうよう型紙から再設計し、生地や柄、価格も編集し直したのがポイントだ。コンセプトを「日本のジーンズ」、名称を「MONPE」としたのも絶妙だ。

九州ちくごのものづくりを伝えるアンテナショップ「うなぎの寝床本店」

その後、セレクトショップ系での扱いが始まり、メディアでも取り上げられ、全国から卸の依頼が入り、もんぺメーカーとして定着、2015年に法人化を果たす。

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