女性活躍推進に影響を与えるESG投資 日本企業に足りないものとは

女性活躍推進は、ESG投資の観点からみても極めて重要である。同分野で見識を持つゴールドマン・サックス・清水氏を招聘して、世界の潮流と日本の現状を伺った。研究会メンバーは、中島好美客員教授、青山商事、ポーラで構成している。

清水大吾氏 ゴールドマン・サックス証券 証券部門 株式営業本部 業務推進部長 スチュワードシップ・コーポレートガバナンス担当

世界で回り始めた
新しい投資連鎖のメカニズム

ゴールドマン・サックス証券の株式営業本部 業務推進部長の清水大吾氏は、2016年に業務推進部を立ち上げ、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)等の非財務情報を重要視する経営や投資を推進する活動に注力している。

清水氏はその背景を次のように説明した。「昨今の世界的な異常気象から、世界中の人々が地球の状況に危機感を持っています。そこで国連は2015年9月、『貧困をなくす』『ジェンダー平等の実現』など、17の目標からなる『SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)』を全会一致で採択しました。これを機に、国際社会のインベストメントチェーン(投資の連鎖)は、SDGsの概念に沿ったものに大きく変わり始めたのです」。

そうしたインベストメントチェーンを構築するうえで不可欠になるのがESGの概念である。とりわけ若い世代の環境や持続可能性に対する問題意識が高まっており、「ボランティアに励み、世界平和の実現が大事だと目を輝かせて話す学生は多い」と清水氏は言う。

こうした学生たちは、やがて労働者となり、消費者となり、投資家にもなる。「その時、彼らはこれまでとは全く違うお金の使いかたをするでしょう。企業は彼らの考え方を理解しておかないとインベストメントチェーンからはじき出されることになりかねません」。

清水氏はこの7月に中高大生に向けたESGの啓蒙セミナーを開催した。参加者からは、「自分の行動が世界を良くも悪くも変えることを自覚して、自分の行動に責任を持ちたい」「社会にプラスになる製品を優先して買いたい」「買う品物の歴史などについても考えたい」といった感想が寄せられた。

「今後はこうした消費者の要望を受けた詳細な情報開示ができる企業が消費者から選ばれる時代になるだろう」と清水氏は言う。

2015年の9月25日-27日、ニューヨーク国連本部において、「国連持続可能な開発サミット」が開催され、150を超える加盟国首脳の参加のもと、その成果文書として、「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。アジェンダは、人間、地球及び繁栄のための行動計画として、宣言および目標をかかげた。この目標(SDGs)が、ミレニアム開発目標(MDGs)の後継であり、17の目標と169のターゲットからなる。

SNSで悪事は瞬時に拡散する時代
影響が出てからでは手遅れに

実際にミレニアル世代のESG投資に対する関心が高いこともわかっている。英国の大手金融業バークレイズの調査では、ESG投資への関心は20代以下では約50%、30代でも40%超。一方40代以上の関心は非常に低い。

「40代以上の関心の低さは、企業のESGへの対応にも表れています」と清水氏。企業へのアンケートでは、「本気でESGに取り組む」という回答は非常に少なく、半分以上の企業が「本業に影響が出始めたら考える」と回答している。だが、「それでは手遅れ」と清水氏。SNSが発達した今はどんなことも世界中に拡散する。悪事が暴かれると企業の存続そのものを揺るがしかねないのである。そういう時代だからこそ、企業を存続させるためには、世の中の流れを理解し先手を打つことが重要になる。

日本でもESGに関連する指数等が出てきた。優良な健康経営を実践する企業や団体を示す「ホワイト500」や、女性活躍推進に優れた企業を選出した「なでしこ銘柄」などがそうである。

例えば、女性のライフイベントに合わせた勤務体系を構築したことが評価されて「ホワイト500」に選定された企業は、女性の継続的な勤務が可能になり離職率が下がった。それ以外の企業でも採用活動や取引先との関係で良い影響が出たことが報告されている。

「こうした取り組みは、10年、20年先にその企業の競争力に大きく影響します。そうした企業の将来性を見て投資をする長期投資家もESGを重視しています。つまり、この流れに乗れなかった企業はいずれ淘汰されることになると考えられます」(清水氏)。

日本企業におけるESGの考察

コーポレートガバナンスの向上が喫緊の課題

 

日本の弱点は「ガバナンス」
求められるトップの意識改革

世界では、ESG課題の事例が顕在化してきている。ダイバーシティを例に挙げると、性差別やセクハラを受けた従業員の代表団が株主総会に押しかけて、取締役や株主に対して現状を訴え、さらに主要顧客の株主総会にまで乗り込んでサプライチェーンの労働環境にも配慮するよう求めるといった事象が起きている。

ESGの影響はM&Aにも及ぶ。米国ではM&A契約の中に「ワインスタイン条項」を加える動きが出てきている。ワインスタイン条項は、元映画プロデューサーのワインスタインのセクハラや性的暴行が発覚し、世界的なMeToo運動につながったことに由来している。

この条項では、M&Aの売却企業に対して、獲得した売却利益の一部を一定期間補完することを義務付ける。売却後にセクハラ問題などによる損害が出た場合、そこから一定金額を返還するためである。Sustainable Japanによれば、その預託資金金額は買収金額の10%に及ぶこともあるという。清水氏は、「こうしたダイバーシティの例からも、企業のESG課題が経営そのものに影響し始めていることがわかると思います」と話した。

こうした世界の流れの中で日本企業のESGの状況はどうなっているのか。「日本企業に圧倒的に足りていないのはガバナンスです」と清水氏。その原因は戦後の高度経済成長の成功体験だという。「当時の男性中心のピラミッド型組織は非常によく機能しました。しかし今の日本は次のステップに入っています」。それは若い世代の「世の中の役に立ちたい」「やりがいのある仕事をしたい」という気持ちを企業として実現することである。

「それなのに、未だに高度経済成長期の考え方を信奉する経営者が非常に多い。そのため、やめるべきビジネスはやめられず、新しいビジネスにも挑戦できない。結果、下降する業績をなんとかしろと、現場にしわ寄せがいく。今の日本企業の不正のほとんどはこうして起きていると思っています」。

今の日本の企業に求められることは、経営トップのマインドを変えることである。そして、ダイバーシティを強化して、個々が自分の意見を忌憚なく自由に述べられるような環境をつくることである。