2018年11月号
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クリエイティブのまち青山

プラスティック容器に「美」を 独自の製造とデザイン力

本多 孝充(本多プラス 代表取締役社長)

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本多プラスは愛知県新城市が本社のプラスティック成形メーカー。3代目社長の本多孝充氏が、南青山に東京クリエイティブ・オフィスを設け、顧客とともにデザインを共創するスタイルを確立させている。

本多 孝充(本多プラス 代表取締役社長)

本多プラスは、1946年に愛知県新城(しんしろ)市で現社長の祖父が、本多セロファン工業所として創業した老舗メーカー。セロファン加工による毛筆用サヤ(筆を保護するためのカバー)などを起点に事業を拡大、2代目の父の代には、修正液のボトル製造では日本のトップシェアを占めるまでに成長した。

3代目社長の本多孝充氏は、イギリスに留学しMBAを取得。帰国後の1997年に28歳で入社し、専務を経て2011年に社長に就任した。

「私が入社した当時は、文房具の修正液のボトル製造が仕事の大部分を占めていました。当社はガラス吹きのようなプラスティックのブロー成形技術に強みがあり、父も自信を持っていました。しかしその当時、もっと便利な修正テープが出始めており、またIT化に伴い、修正液の需要低下は目に見えていました。典型的な下請け中小企業で、単価は銭単位で価格折衝が行われる世界。このままで将来はないと思いました」

自社でデザインから生産まで

「私が入社してまずはじめたことは、金型を自前で作るようにすることでした。これは言葉で言うと簡単なようですが、ドイツで研修をしたり導入には大変な苦労がありました。金型から成形まで自社で一貫して行うことで、付加価値を上げる素地が整いました。一方で、新しい販路を求めて、日帰りで東京に通うようになりました。化粧品メーカーや薬品メーカーに営業しましたが、当初はアポイントを入れることすらもなかなか大変でした。そうしたなかで、デザイナーの新卒採用を行うことと、東京の青山にデザイン拠点を持つことを思い立ちました」

高校生の頃から青山に興味

「青山には学生の頃から通っていました。私の家は芸術一家で、私も絵を描いたり音楽活動をやっていました。姉もアーティストでジュエリーの個展を開くような活動をしていましたので、高校生の時には、愛知から姉のいる東京に出かけては、青山のコム・デ・ギャルソンを覗いたり、ヨックモックのカフェに背伸びして入って刺激を受けていました。青山は、銀座や海外ともちがう日本独特なもので、青山のいい意味でのトレンド感が好きです」

2006年には、南青山に東京クリエイティブ・オフィスを立ち上げた。

「われわれのような地方の容器メーカーの多くは、神田や秋葉原、新橋などに東京の営業拠点を設けることが多いです。同業の方からも、なぜわざわざ家賃の高い青山に拠点を持つのか、といわれたりもしました。しかし、青山に拠点を設けることで、様々な分野の一流のクリエイターの方たちと知り合うことができました。また、化粧品メーカーの方も南青山にオフィスがあることで、興味を持ってもらえ、喜んで訪ねてきてくれたりもします。青山のまちそのものがオフィスだと思っています」

青山のオフィスに先立ち、2004年からデザイナーの新卒採用を開始している。

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