2016年2月号

パイオニアの突破力

成功のカギを拾うため 常に広い視野であれ

水谷 隼(男子卓球選手)

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この約8年間、男子卓球界をけん引してきた水谷隼が目指すのは、さらに上の力。しかし、日本の男子卓球界において、彼の右に並ぶ実力の選手はいなかった。強者は常に彼ひとり。ほかの選手は彼に追随する形であった。ゆえに、彼がさらに強くなるための方法は、自ら探りあてていくほかなかった。
文・小島 沙穂 Playce

 

水谷 隼(みずたに・じゅん)男子卓球選手

今から10年ほど前。2006~2007年頃は、日本の男子卓球界の不毛の時代である。当時の日本の男子卓球は非常に弱く、世界大会ではほとんど結果を出せていなかった。2007年の団体戦は13位。ワーストタイと不名誉な記録であった。

しかし、翌年2008年の世界選手権で、日本はなんとチームランキング3位にまで踊り出た。その後、4大会連続銅メダルを取得した。それまでとは打って変わって大躍進を遂げたと言えよう。その立役者とも言うべき存在であり、今も強者として君臨し続ける選手が、水谷隼である。

彼が全日本選手権で優勝し、日本のトップに立ったのが2007年の17歳の時。その後5年、水谷は国内王者であり続けた。2度王座を明け渡したものの、この9年で7回の全日本選手権優勝を果たし、2016年1月の同大会では、歴代記録タイとなる8回目の優勝を狙っている。

自分より強い選手がいない王者の苦悩

「今、日本国内には、僕より強い選手はいません」

現在の日本の卓球界を見て、水谷は強く言い切った。

今だけではない。17歳で初めて日本の頂点に立った頃からそうだった。水谷をサポートする歴代の監督やコーチよりも、水谷の実績の方が圧倒的に上だった。それゆえに、指導者たちは水谷の戦法や技術練習にあまり口を挟まず、本人のしたいようにさせることが多かった。フォームの改善やメカニズム的な指導を受けることはあれども、技術的なアドバイスを受けることは少なかった。

「周りに自分より技術的に優れた人がいない環境の中、僕はさらに強くならないといけません。どうすればもっと卓球がうまくなれるのか、答えを教えてくれる人がほとんどいなかったので、自分自身で方法を考え、見つけ出す必要がありました。何をすれば強くなれるのか見えず、迷走したこともありました。その時期はなかなか結果を残せず、非常に悩みました」

国内に強い対戦相手がいれば、戦いながら相手の技術を吸収することができるのに。お互い高め合うことができるのに。しかし、水谷と同等やそれ以上の選手がおらず、目標設定もうまくいかなかった。強者の孤独とも言うべき悩みである。世界の強豪を相手にすれば、学べるものは多いはずだが、世界中に散らばるライバルと対戦できる機会はそれほど多くはない。

「昔からの友人かつライバルである選手は海外にいますが、目標かというと違う気がします。ともに高め合う存在ではあると思いますが。あまり周りを比較したり意識したりせず、とにかく自分を高めることに集中しました」

そして水谷がたどり着いた“強くなるための答え”は、日々の練習の中で自分をどこまで追い込めるか、自分の限界を探り、挑戦していくことだった。「ここまでできる」を見極め、それより先に目標を置くことで、限界を少しずつ拡張しながら成長できた。

「いかに自分が強くなれるかということに焦点をあてて、練習メニューを組んできました。練習を重ねる中で、自分に必要のない練習は別の練習に変え、強化すべきところは継続するといった内容の取捨選択を見極めることが大切です。結果に振り回されてはいけないと思います。昔はコーチの言うことを聞いて、ひたすら練習すれば強くなれると思っていましたが、今はコーチの意見も聞きながら、自分の頭でしっかり考えて練習メニューを考えるようにしています。自分に足りないものや充分にあるものについては、自分自身がもっともよく知っています。だからこそ、自分でしっかり考えて、自分にもっとも適した方法を見つけ出すことで、強さを手に入れられることができたのです」

同じような生活や練習をしていく中で、結果が出ることも、出ないこともある。あるトレーニングをして結果が出たからといって、同じ練習方法をとっていても次にまた同じようによい結果が出るとは限らない。同じように、結果が出なかったからと言って安易に変えてしまうのもよくない。続けていればいい結果につながったかもしれないからである。

二匹目のドジョウに惑わされることなく、自分の意志で進むことが大切。悩む中で水谷はそれを学んできた。常に自分が成長し、進化するためのメソッドをひたすら追い続けることで強くなれる。

結果に振り回されず自分がどう進化できるかを考える

結果に振り回されないという言葉は、インタビュー中に水谷の口から何度も飛び出してきたワードだ。

「僕の場合、結果は気にしない。試合に負けたら負けたで仕方ないというスタンスを取っています」

ほぼ毎週行われている卓球の大会で、勝敗に一喜一憂していては、メンタルを安定させることはできないし、もちろんフィジカル面でもベストな状態を保ち続けることはできない。

「以前は大きな試合になればなるほど『絶対勝たなければ、勝たなきゃ後悔する』という感情が動いていました。しかし、勝負事ですから必ず勝者と敗者が生まれます。負けることだって起こり得るんです。そのような中で、『結果を出そう』『勝とう』という思いをもって臨んだ試合で負けてしまうと、自分で自分に失望してしまうでしょう。このダメージは意外と大きく、とても苦しいものです。そういう状態が続くと、失敗を恐れてさらに体の動きも悪くなり、どんどん悪いスパイラルに取り込まれてしまうんです。だからこそ、試合直前は変に気負わず『負けてもいいや』という思いでリラックスするようにしています」

少し気を緩めることで、プレッシャーに押しつぶされることもなくなる。もちろん、試合に負け続けてよいわけではないし、試合に手を抜くわけにはいかない。試合が始まれば、集中して点を獲りに行く水谷がいる。結果勝利が付いてくる形だ。

「結果に振り回されなくなって、最近はとてもいい方向に影響していると思います。のびのびとしたプレーができるようになりました」

結果から解放されて自由になることで、自分のベストな状態を柔軟に探っていくことができるのだろう。

強者であり続ける条件は視野の広さをもつこと

また、強くなるための条件として、水谷は「視野の広さ」を挙げた。

「強い選手は視野を広くもっていないと、強い選手になることはできません。試合前でもユーモアを言う余裕すらあります。焦ってしまったり、人の話が聞こえなくなるほど固まっている選手はほとんどいません」

視野を広くもつことで、対戦相手の行動をよく見ることができ、どんな戦法に対しても流動的に受け入れる体制を整えていられる。それと同時に自分の世界に入り込み過ぎることもないので、試合に柔軟に対応できるのだ。

「僕自身も以前に比べて比較的広く視野をもてるようになったと思います。まだまだ余裕がない時には視野が狭くなってしまうこともありますが、最近はリラックスすることができていると思います」

こうした世界のトップアスリートたちの特徴を別の場所で見かけることがあった。後援のスポンサーと会い、話を重ねる中のことである。

「トップアスリートと企業のトップの方々に共通していると思うのは、まず、みな自分に自信があるということです。自分のしている事業が必ず成功すると信じ、一つひとつ課題をクリアしていくように見えます」

水谷は続ける。

「その上で、広い視野をもち、あらゆる人の意見を取り入れています。他人にもらったアドバイスを聞き入れる心の広さや余裕を持っている。これって実はすごいことなんです。社長クラスの管理職ともなると、上から物を言うイメージがあったのですが、実際お会いして話してみると、視野が広く、さまざまな人の意見を取り入れる方が多いと感じました」

自身の成功のため、何が必要なのかを探るため、周りを意識して取り入れられるものを取り入れていく姿勢が強者の特徴なのかもしれない。

常にベストな状態であること
継続の先にある未来

2015年12月現在、26歳の水谷は2020年のリオデジャネイロオリンピックになる頃は30歳を超えている。引退する選手も多い年頃になる。

「最近は、加齢による体の変化も感じますね。昔は意識しなくとも、いいコンディションでいられましたが、今は少しでも妥協してしまうとすぐバランスを崩してしまう。そのため、アスリートの体のケアや効率的な使い方について勉強し、ベストコンディションを保つことを強く意識して日々の練習に取り組んでいます」

例えば、食事や飲み物の制限や筋トレなどのトレーニング方法をこれまで以上に研究した。

体のケアはとにかく継続することが大事だと水谷は言う。毎日いつでもよい状態であれば、試合の日にも自然とベストな状態で臨むことができる。

「卓球を続けて行って、もう自分は選手として潮時かな、と思うことがおそらく数年以内にあるでしょう。しかし、2020年のオリンピック開催が決まり、とりあえず2020年まではがんばってみようと思いました。日本国内で観戦や応援をしてくださるみなさんの前であれば、もっともっと強くなれると思います」

世界選手権の団体戦では、ずっと3位より上に届かなかった日本。次のオリンピックは地元日本開催ということで、観客の声も届きやすそうだ。ファンの見ている前で金メダルを獲りたい。水谷の闘志も燃えている。

「今後も強さを追求し、ひたすら継続するのみです。なぜならば、今すでにしているトレーニング方法がフィジカル/メンタル両面で一番僕に合っている方法であり、これを続けていくだけでも強さにつながると信じています」

新しい挑戦をする必要はない。ただひたすらに、継続することが力になるのだと水谷は語る。

水谷 隼(みずたに・じゅん)
男子卓球選手
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