100年先を睨むオーナーのまなざし


ゲスト・潮田洋一郎氏 (LIXILグループ会長)

左)スティーブ・モリヤマ、右)潮田洋一郎氏

――住宅用設備機器最大手メーカーのLIXIL。以前は住生活グループという名前でしたが、2010年から「LI (住Living) x LI (生活Life)」という二つの頭文字を掛け算して社名としました。全世界に5万人超の従業員を抱え、2015年3月期の連結売上高は1兆6734億円、連結営業利益は517億円を誇る多国籍企業の総帥、潮田洋一郎会長。創業家二代目ですが、「オーナー経営者たるもの、100年先まで考えねばならない」と言い切るだけあって、読書家かつ芸術を含め多才で、欧米エリートとも互角に戦える教養をもつ博覧強記の方です。

本日は「書斎」をご案内いただけるというので想像をめぐらせて参りましたが、都心にこのような趣のあるお屋敷があるとは想像もしておりませんでした。

潮田氏:ここは戦前から続く老舗料亭の建物で、何年か前に別の場所に移転するというので譲ってもらいました。東京の本社に近いので、時々ここにいます。そこに掛けてある書軸は、梅原龍三郎画伯がキャンバスではなく、和紙に書いたものです。薔薇の絵に「今日風日好」と書いてあります。私はこれを見ると、頼山陽の読書八首と題する詩の中の一節を思い浮かべるのです。

「今朝風日佳、北窓、新雨過ぐ。客を謝して吾が帙を開くに、山妻の来りて叙ぶるあり。禄無ければ須らく衆に眷せらるべし。八口豈独り処せんや。...願くば少しくその鋭を退けて、応接に媚嫵を雑へよ。...去れ、我にかまびすしくする勿れ、方に古人と語らんに」

清朝の文人袁枚は、紅楼夢の舞台といわれたその邸宅随園で、古書を持って庭の小川の畔に腰掛け、終日読書を楽しむ詩を作っています。昔の人々の肉声が聞こえる程に古典に親しむなんて、最高の時間だと。そんなことを夢見て、古い料亭を書斎に改装しました。実は私、後ろ向きの学問が、大好きなんです。

――粋ですね。これはプロ用のコンサートグランドピアノですよね、まさかご自分でお弾きになるのですか。

潮田氏:ええ、ベーゼンドルファー製です。さっきまで、声楽家をここに呼んでクラシック歌曲のボイストレーニングをしていました。

――経営者としてご多忙の日々のなか、中国文人の素晴らしい書画に囲まれて、ピアノを弾き、クラシック音楽を歌われるというのは、つかの間の安堵感をもたらしてくれるのでしょうね。

潮田氏:ええ。もっとここで過ごす時間をとりたいのですが。読書だけでなく、学者や好事家たちと書画をめぐって、茶器や酒盃を片手にああだこうだと論議する場所でもあるのです。ヤフー創業者のジェリー・ヤンも中国書画のコレクターで、ここに茶を飲みに来たことがあります。

――なるほど、ここはこの書画を見に世界中のコレクター達がやってくるサロンなのですね。それにしても、プロ顔負けなほど東洋美術にお詳しいですよね。一時期、経営の第一線から身を引かれ大学院に戻られましたが、美術関連のご研究されていたのでしょうか。

潮田氏:大学院では美術史も学びましたが、一番興味があったのは、明治維新以前はどんな社会だったのだろう、という点です。なんとなく産業社会はもうすぐ終わると感じていて、前を見ても将来のことはわからないので、後ろを見てみようと思ったのです。産業革命以前は、人は今年や来年の収入さえ読めなかった。産業社会になって、月給取りの会社員が大量に生まれ、20年先の収入イメージさえ持てるようになった。では、それまでの予測可能性の限られた社会が不幸だったのかというと、必ずしもそうではなかったんじゃないでしょうか。

漱石は『現代日本の開化』という講演で、日本では内的に充実してオーガニックに産業が発展したのではなく、外発的に日本は開化したのだから、涙を呑んで上滑りに滑っていかねばならないと言っています。つまり、旧幕時代は幸せだったと。日本が列強に認められた明治の終わりに漱石が感じたことは、ある意味で、現在の日本にも当てはまるんじゃないでしょうか。今の日本も失われた20年を経てグローバル化をつきつけられているわけですから。上滑りでも何でも、グローバルにならねばと。

――一方で、日本経済の節々に危険な兆候が見え隠れしていますよね。

潮田氏:日本のオールド・ワイズメンの一人に見田宗介という人がいます。私が学生の頃も駒場で教えていた方です。日本の誇る数少ない知の巨人ですが、彼がずいぶん前から成長の限界について説いています。例えば、時々バッタの異常発生が起きますよね。生物って、生存に適した環境にいると、ある時点から爆発的に数が増えます。ところが、環境の限界に近づくと増殖スピードが急に落ちて安定期に入ります。バッタの例でいえば、草原を食べつくした後に、一気に数が減るのです。資源に限りのある地球という星に生きる人類も同じではないか、と見田先生は言います。人類は19世紀までは微増を続けてきたのに、20世紀、特に60年代に人口が爆発的に増えました。そして、今は日本や欧州等で少子化が問題になっています。

――20世紀に勃興した資本主義経済が終わる兆候を見せているということですか。

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