2013年7月号

アスリートの闘い方

重圧を超えて

五郎丸歩(ラグビー日本代表)

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プレッシャーとは無縁な男、五郎丸歩。ワールドカップで接戦を演じている時も、逆転をかけたプレースキックを蹴る時も、昂ぶりこそすれ、怖気づくことはない。重圧をはねのける心の強さの理由とは?

ある時、緊張で自分のプレイが グラウンドで100%出せないことは 本当にもったいないから、もう緊張するのはやめようと思ったんです

成長し続けるために必要なことは? そう尋ねると五郎丸は「限界を自分で決めないことと、良い指導者に出会うこと」と答えた。彼にとって指導者との出会いは重要だった。「いろんなタイプの監督に指導されることで、考え方が変わりました。物事に対しての視野が広がるし、自分のキャパも広がりました」

日本代表の最後の砦。

それが、フルバックとしてチームの最後尾で防御ラインを統率する五郎丸歩の役割だ。

同時に、大きな得点源でもある。日本を代表するプレースキッカーとして、スーパーブーツと称される。所属するヤマハ発動機ジュビロでは2年連続で得点王とベストキッカーに輝いた。

ボールをセットし、ゴールを狙って蹴る。その瞬間に問われるのは、完全な「個の力」。戦術の進化によってトライを決めづらくなり、ゴールキックで決着するような試合も増える中で、ヤマハでも日本代表でも圧倒的な決定率を誇る五郎丸は不可欠の存在だ。

守備の要であるフルバックというポジションも、プレースキッカーという役割も、ミス1つがチームの勝敗に直結する。五郎丸の双肩にかかる期待と重圧は計り知れない。

しかし、彼は言う。試合を決めるようなプレーススキックを蹴る瞬間でさえも、「プレッシャーは全く感じません」と―。

転機になった花園忘れられない兄の涙

3才からラグビースクールに通っていた五郎丸は、中高生の頃から将来を嘱望されてきた。

そんな彼が「転機になった」と振り返るのは、佐賀県立佐賀工業高校2年生の時だ。

「僕が初めて花園でプレイした時、1つ上の兄貴が一緒に試合に出ていたんですけど、僕は緊張で舞い上がってしまって、80分間、変なプレイをし続けてチームが負けてしまった。その試合の途中、負けがほぼ決定している段階で、兄貴や先輩が泣きながらプレイしているのを見て、『ああ、自分は変わらなくちゃいけない、もっと強くならなくちゃいけない』と思ったんです。兄貴にもチームにも、今まで支えてくれた全員に対して非常に申し訳なかった。この時の謝罪の意味も込めて、常々、この試合を忘れずにやっていかないといけないと思っています」 五郎丸にとって、この試合は今でも思い出したくないほどの苦々しい記憶だという。

「今までで一番悔しいというか、情けなかった試合です。あの試合の映像は、一生観ずに終わると思う。兄貴や先輩が泣きながらプレイしている姿が頭に強く残っていて、怖くて観られない。自分にとってはそれくらい重い出来事でした」どんなに巨漢の外国人選手にも真っ向から立ち向かう男が、10年経った今でも映像を見るのが「怖い」と感じるほどの試合とはどんなものだろう。高校2年生にしてそれほど衝撃的な体験をした五郎丸は、この敗戦以降、それまで以上にラグビーに打ち込むようになった。

すると才能が開花し、名門・早稲田大学では1年生の時からレギュラーに抜擢される。そこで五郎丸を悩ませたのが、「緊張」だった。新入生が先輩にまじって大舞台に立てば、重圧で自分のプレイを出せないこともある。それは当然のことなのだが、花園で舞い上がってミスを繰り返した自分の姿が脳裏に刻まれている五郎丸にとって「緊張」は排除すべき感情だった。

そして思い立つ。

「緊張することで自分にとってプラスになることは1つもない。それである時、緊張で自分のプレイがグラウンドで100%出せないことは本当にもったいないから、もう緊張するのはやめようと思ったんです」

独自のアプローチで 「緊張」を克服

緊張するのをやめる。 言葉にすればシンプルだが、そんなに簡単に重圧から解放されるものではない。

この難題に対して、五郎丸は発想の転換と地道かつ科学的なトレーニングの両輪で挑んだ。

「キックを外したらどうしようとかネガティブなことを考えるのではなく、やってきたことを試合でしっかり出せばいいんだという考え方です。もちろん1回、2回では緊張を捨てることはできませんが、いろいろな指導者や多くの人に出会うことで考え方が少しずつ変わってきて、徐々にプレッシャーがなくなっていきました」 この考え方を自分の頭に定着させるために必要なのが、「自分の実力を発揮すれば、ミスしない」という圧倒的な自信だ。

そこで、五郎丸は例えば「個の力」が問われるキックの技術を高めるために、何度も試行錯誤を重ねた。そうすることで、「理論」を手に入れたと語る。

「これまで何人かのキッキングコーチに見てもらったこともあるんですけど、キックひとつにしても、それぞれ蹴り方が違う。

だからこそ、僕は型にはめるのは良くないと思っていて、コーチングを受けたり、いろいろな蹴り方、タイミングの取り方を本当にたくさん試してみて、自分の中でキックに対する理論を積み上げてきたことが今の結果に繋がっていると思います。今では、試合の時に周囲の環境は全く気になりません。自分のキックに対する理論をもう一度整理して蹴るだけです」 五郎丸によれば、この「理論」はまだまだ発展途上で、完成したわけではない。時には、キックの精度が落ちることもある。

それでは、調子が落ちた時にどうリカバリーするのか。五郎丸は理論と技術を突き詰めた。

「キックの調子を保つためには、自分の理論を反芻しながら映像で確認することが非常に大事になってくる。ゴールキックひとつにしても、練習中、常に正面と横から録画して、調子が悪い時には良い時の映像と比較します。理論プラス映像で確認して、良い状態に戻すんです。

冷静に分析するのが復調への一番の近道だし、良いパフォーマンスを保つ秘訣だと思います」 映像を見て、歩数や間合いをチェックする。好調時と比べてもし何かがずれていたら、そこを修正する。この過程で些細なずれを見極めるのが、頭の中に構築された理論の役割だ。

プレースキックを蹴る時は、頭の中の理論を整理する。

好調を維持するために、自分を客観的にチェックする。

この感情が介入する余地のないアプローチが、五郎丸の特徴だ。メンタルトレーニングにも興味を示さない。アスリートの中にはパフォーマンスを高めるため、あるいはスランプから脱するために重要視する選手も多いが、五郎丸は「メンタルは目に見えない。自分にとっては目に見えること、今やれることをやることが、気持ちを落ち着かせるんです」と意に介さない。

五郎丸がなぜ、「緊張」を克服できたのか。それはここにヒントがある気がする。

感情は脆く、不安定なものだ。

どんなにコントロールしようとしても、その動きは読めない。

感情の力が劇的な効果を生み出すこともあるが、時には酷い結果を招くこともある。その怖さは、五郎丸が一番知っている。

だから、曖昧さを排した練習や理論、技術で感情の周りを固めた。そうすることで、ぶれない精神力を手に入れたのだろう。

五郎丸は、試合の前に昂ぶって涙を流すこともあると言った。しかしここ一番でプレースキックを蹴る瞬間、彼の心にはきっと静寂が広がっている。

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