事業構想を「生き方」にする 『Shapers』ほか注目の新刊

――本書では起業や新規事業の創出を「人」や「キャリア」から論じています。

起業や新規事業の創出に関しては、戦略や事業モデルの秀逸さの分析にばかり焦点が当たっているという意識がありました。私自身、これまでのキャリアで新規事業や週末起業を経験するなかで、事業モデルやアイデア、戦略などの前に「人ありき」であることを実感し、起業や価値創出を、キャリアや生き方という視点で語ってもいいのではないかと思っていました。

起業は特別な人だけができることだと思われがちですが、本来は、誰もが持つ創造性によってできるものです。あらゆる組織で「何かを変えたい」「何か新しいものをつくりたい」と考える人たちが、シームレスに起業や新規事業に取り組めるような生き方が時代として求められているし、今後こういう傾向は強まるのではないか、という思いが執筆の動機です。

本書ではこうしたキャリアを時間軸で考える「時間軸思考」を紹介しています。起業を考えるときには自分の10~20歳上の方を参考にすることが多いですが、その方々の時代背景と現代では環境が大きく異なります。ここで時間軸を補正せずに同じ業界に飛び込んでも、先人と同じ知見は得られないでしょう。本書で取り上げた新事業、産業を創った経営者たち"Shapers"は、キャリアのなかで"何か新しいものを創った"経験をしています。

――本書ではさまざまな企業のキーマンをShapersとして取り上げています。彼らの共通点は何ですか。

「長期視点」と「ないなら自分でつくる」というスタンスの掛け合わせが共通点です。前者は短期的には一見不合理なことでも、長期的には合理性があると判断できる思考力、後者は社会のあるべきミッション(持続可能な社会)から考えて、必要なものを自分でつくってしまおうというマインドです。

DeNAの南場智子氏は社員に起業を促していますが、短期的には人材流出という面で不合理です。しかし、長期的には起業家人材が自社を起点に集まり、人材の価値が還流してくることになります。また、Sansanやネットプロテクションズなどは「市場が存在しない」「そんなことは無理だ」と言われるなかでゼロから市場を創造してきました。

――事業構想に取り組む本誌読者は本書をどう読めばいいでしょうか。

本書では大手・ベンチャー、全9社の事例を取り上げました。組織づくりや事業構想・起業のケーススタディとして活用していただけたらと思います。

 

伊藤 豊(いとう・ゆたか)
スローガン 代表取締役社長

 

『Shapers 新産業をつくる思考法』

  1. 伊藤 豊 著
  2. 定価 本体1680円+税
  3. クロスメディア・パブリッシング
  4. 2021年2月刊

 

今月の注目の3冊

宝塚歌劇団の経営学

  1. 森下 信雄 著
  2. 東洋経済新報社
  3. 本体1600円(+税)

 

新型コロナウイルス感染症の終息が見えないなか、厳しい舵取りを強いられるエンタメ業界。本書では戦前・戦後、そして現在のコロナ禍と100年あまりの歴史を積み重ねてきた宝塚の強さの秘密が明かされる。著者の森下信雄氏は阪南大学で准教授を務める経営学者だが、もともとは宝塚の総支配人を務めていたという異色の経歴を持つ。本書では、ファンを惹きつけてやまない独特の"世界観"を基盤としたコミュニティ形成やブランド戦略に加え、人材育成や組織設計、そしてウィズコロナ時代の生存戦略までが業界当事者の視点と、研究者としての視点の双方から解説される。産業であると同時に文化の担い手でもあるエンタメ業界はもちろん「新しい生活様式」における事業継続のヒントを求める方にとって大きな示唆が得られる1冊。

 

妄想する頭 思考する手

想像を超えるアイデアのつくり方

  1. 暦本 純一 著
  2. 祥伝社
  3. 本体1600円(+税)

 

スマートフォンやタブレットに用いられている"スマートスキン"。指でつまむ動作で画面を拡大・縮小できるなど、今となってはもはや当たり前の仕組みだが、実はスマートフォンの登場前に開発されていた技術である。本書はこのスマートスキンの開発者であり、この他にも膨大な量の発明を生み出してきた暦本純一氏が「妄想をかたちにする」思考法について語った1冊。タイトルにもある"妄想"とは、アイデアよりも手前の思考のタネであり、"解決しなければならない課題"や"使命"といったニーズに囚われない、純粋な個人の興味・関心段階の思い。これを「単なる妄想だ」と切り捨てず、実現手法を考えてみることで、これまでになかったアイデアが具現化されていく。まさに"妄想"は事業構想の第一歩でもあるといえないだろうか。

 

デジタルヘルストレンド2021

「医療4.0」時代に向けた100社の取り組み

  1. 加藤 浩晃 編著
  2. メディカ出版
  3. 本体4800円(+税)

 

成長産業として以前から注目を集める医療・ヘルスケア領域。本書は本誌でも「ヘルスケアビジネスの新戦略」を連載中の加藤浩晃氏が、大手・ベンチャー、そして行政と領域横断でそれぞれの取り組みをまとめた、業界のトレンドを概観できる1冊。書籍冒頭のトレンド予測では、COVID-19感染拡大を受けたオンライン診療領域についてや、治療用アプリの登場、PHR(個人の電子医療記録)、AIを活用した医療機器などが解説され、デジタル技術を駆使した"医療4.0"に向かう流れが一層強まることが指摘される。大手・ベンチャーや行政・業界団体、合計100社の取り組みをまとめたページでは各社のビジョンや事業内容が紹介されており、データブックとしても活用できる。医療・ヘルスケア領域の事業を検討する方必携の1冊だ。