人材不足を郊外で解決 職住近接が注目される理由

生活圏を拠点とした職住近接の働き方を実践しているイノベーター・ジャパン発の「&donuts(アンドーナツ)」プロジェクト(→8月号の記事はこちら)。2拠点目の湘南オフィス開設に伴い、地元企業と職住近接について考えるイベントを開催した。都心部への人口集中が加速するなか、地域人材活用の新たなアプローチを模索している。

郊外で働くという付加価値

「『生活の地で働く』を叶える&donutsプロジェクト〜湘南の企業と考える職住近接の今とこれから〜」と題されたイベントは、JR東海道線・茅ヶ崎駅から徒歩数分の&donuts・湘南オフィスで開催された。プロジェクトメンバーが実際に日々の業務に使用しているその場所は、大きな窓と自然素材を活用したオフィス家具が印象的で「子どもを連れて行くことのできるオフィス」というコンセプトのもとにデザインされたという。イベント参加者の中にも、幼い子ども連れの母親が数名見受けられた。

渡辺 順也 イノベーター・ジャパン 代表、社会情報大学院大学 准教授

冒頭、イノベーター・ジャパン代表の渡辺順也氏から&donutsプロジェクトの概要と発足の背景が語られた。共働き家庭の増加に付随する「待機児童」の問題は、数年来、日本の社会課題としてある。実際、東京では「子どもを保育園に預けることができない」という理由から、住居を移転したり、転職を余儀なくされるケースは少なくない。一方で渡辺氏は、「子どもを保育園に預ける」という固定観念そのものに疑問を持ったという。

そこで、家事や育児をシェアしあうデンマークのコレクティブハウスにインスピレーションを受け、&donutsのプラットフォームがデザインされた。プロジェクトのコンセプトを具体化し、町田や名古屋で試験的に開始したものの定着せず、3度目の正直となる柏の葉キャンパス(千葉県柏市)で立ち上げたのが2016年。2年かけてプロジェクトは軌道に乗り、2019年3月に2拠点目として湘南でスタートした。「人材と環境が整わなければ、拠点は立ち上がらない」としながらも渡辺氏は、郊外で働くという付加価値を全国展開していくとともに、デンマーク式の幼児教育の提供や地域のコミュニティカフェとしてオフィスを開放していきたいと述べた。

地域の雇用機会創出と
女性のキャリア形成

続いて、湘南地域に特化した就業支援および人材紹介を行なっている湘南WorK. 共同代表の河野竜二氏・小室慶介氏と鎌倉FMの湘南で働く人をゲストに招く番組でパーソナリティーも務めるKAMAKURA COWORKING HOUSE オーナーの小松あかり氏、&donutsプロジェクト 統括責任者の飯田航生氏が登壇し、郊外における「職住近接」をテーマにトークセッションを行なった。

トークセッションの様子。湘南エリアや都内から30名が来場した

河野氏は「湘南で働きたいというニーズは非常に多い」ものの、キャリアに見合う仕事および仕事を探すための相談機関の少なさを指摘。また、小室氏も「求職者と地元企業側の求めるものにギャップ感じる」とした。その上で、業務内容にバックオフィスや採用に関するアウトソーシング業務を含むものの、主にWebサービスの運用や構築を担う&donutsにおいて、Web業界未経験者であっても積極的に採用してきた背景や人材育成に関する話題に集中した。

飯田氏は「キャリアを一時的に離れていても、成長意欲やコミュニケーション力があるなど、社会人としてのポテンシャルが高い人は良いパフォーマンスを発揮できる」とし、雇用形態や短時間勤務であることなどを理由に業務負荷を軽くすることはしないと述べた。また、チーム制にすることで業務の属人性を廃し、各自の事情にあわせた働き方を実現していると説明した。

&donutsでは、Wワークの男性社員や未婚女性も就業しているが、長時間通勤からの解放と途切れたキャリアの再形成を望むのは、圧倒的に母親となった女性が多い。小松氏は子育て中の女性の働き方に多様性を生み出したいと考え、託児所付きコワーキングスペースである「KAMAKURA COWORKING HOUSE」を立ち上げた。河野氏も「母親たちが働きやすい環境を作っていきたい」と述べ、働く時間や日数を自由に設定できる&donutsは、女性のキャリア形成の受け皿になりうると、小室氏も期待を寄せた。

生活の質を向上させる「職住近接」

最後に、&donutsプロジェクト マネージャーの柳尾千華氏を進行役に、湘南オフィスで働くメンバー3人が自身の体験を語った。Webデザイナー、Webオペレーター、採用オペレーターと現在の職種も異なり、職歴や年齢、家族構成も異なる三者の共通点は、住まいの近くに就業するようになったことで生活の質が向上したということだった。これまで以上に、家族との時間を確保することができるようになったと同時に、仕事との関わり方や業務内容も満足のいくものになったという。メンバーのひとりが、Web業界未経験で入社したものの「Webディレクターを目指したいという目標を持つことができた」と語る姿は印象的だった。

通常業務はチーム制だが、イベント開催はチームの垣根を超えた協働的な業務となっている

&donutsのシステムというのは、企業側からすれば、人材教育や業務効率に関する面において、経験者やフルタイム勤務者を採用するよりも時間と手間を費やすことになるだろう。また、就業者にとっても、結婚や出産、介護などで分断されたキャリアの再構築を考える上で、以前と同等レベルの評価や報酬を得られるかについては懐疑的にならざるを得ない。しかしながら、郊外に雇用機会を創出し、就業者も積み上げてきたキャリアを活かしつつ、新たな挑戦の道も開けるという点においては、希望がある。

イベント参加者からは、周辺の自治体や湘南地域の他企業との協働を望む声も多く聞かれた。都心から郊外へ業務を移行するだけでなく、地域に利益を還元することのできる仕組みも期待されている。12月9日、経済産業省が後援する「Work Story Award 2019」において、&donutsは「共創」という考え方を取り入れた働き方が評価されグループ審査員特別賞を受賞した。今後、本当の意味で、&donutsが地方の雇用機会を創出し、フルタイムで働くことが困難な優秀な人材の活用およびキャリア構築を後押しするものとなり得るのか、引き続き注視していきたい。