副業・兼業で地域に関わる 老舗での社長経験をベンチャーに注入

地域企業で経営者の右腕として働く上で、今、注目されているのが「副業・兼業」のスタイルだ。岩手県洋野町の水産加工ベンチャー・ひろの屋の神山治泰氏は、東京での生活と仕事を続けながら月7~8日、同社に赴きブランディングと商品開発に挑む。

神山治泰 ひろの屋エグゼクティブプロデューサー

工夫に工夫を重ね、水分に溶け出さないよう、わかめに閉じ込めた香りと旨みが、炊き込みご飯を通じて口の中で広がっていく。北三陸の豊かな風味を宿した、ひろの屋の「北三陸ファクトリーキッチン 天然自生わかめ炊き込みご飯のもと」は、今年2月、岩手県知事賞を受賞した。開発したのは、エグゼクティブプロデューサーの神山氏。2017年7月に同社の商品開発に参画して半年後のことだった。

今回の商品開発は、ひろの屋の経営課題解決のための大きな一歩だった。ひろの屋のある岩手県の北端・洋野町の「北紫うに」は、築地市場で目利きぶりを発揮するバイヤーの一部から「本州ナンバーワン」という評価を得ている。世界でも唯一、洋野町にしかない「うに牧場™」がその理由だ。その存在を知るバイヤーたちは、こぞって北紫うにを買い求めるのだ。

美味・高品質で定評な洋野町の「北紫うに」

海底の岩盤を15キロに渡って削りつくられた牧場は、干潮になっても海水が溝に残り、天然の昆布やワカメが育つ環境が整っている。ここに移植されたウニは、昆布やワカメを食べてすくすくと風味豊かに育つ。

海底の岩盤を削りつくられた「うに牧場」

約45年の歴史を誇る洋野町のうに牧場だが、ほんの数年前まで世の中には全く知られておらず、市場では近隣で採れたウニと同じ扱いだった。この状況を覆そうと奔走してきたのが、2010年に同町で設立された水産加工会社、ひろの屋だ。「北紫うに」のブランド化を推進すると同時に、38歳の若き経営者・下苧坪之典社長が積極的にメディアやイベントに登場し、プロモーションを図ってきた。

一方で、ウニならではの課題もあった。5~8月の漁期とそれ以外の時期の繁閑差が大きすぎた。牧場の「溝」で育つワカメやタコなどの他の水産資源による商品開発を含め、いかに作業を平準化するかが問われていた。

ブランディングと商品開発。この挑戦を加速するために、招かれたのが老舗水産加工会社出身の神山氏だ。フルタイムではなく、1カ月のうち7―8日間ほどひろの屋に勤務し、商品開発、工場の衛生管理や生産性向上、販路開拓などさまざまな業務を担当する。

老舗で社長経験、
ブランディングに精通

現在48歳の神山氏だが、その経歴は異色だ。理系出身で、大学卒業後は大手自動車メーカーに入社。およそ10年、大型SUVやピックアップトラックの躯体設計に携わっていたという。その頃にできた人の縁から、32歳で社員数200名を超える老舗水産加工会社に転身。同社は西京漬けや練り製品、干物、珍味を幅広く扱い、加工品を百貨店や量販店に卸すほか、40-50の自社店舗も運営していた。15年の在職中、最後の5年間は代表取締役社長を務めた。

そして2015年に独立。培ったノウハウを広く活かせる仕事をしようと考えていた時に、日本人材機構を通じてひろの屋を紹介された。

「地域企業では採用しづらい、商品開発やブランディングに精通する即戦力人材を求めていたそうです。ただ私自身は、洋野町はもちろん岩手にも足を踏み入れたことがありませんでした」と神山氏。そのため「半年ほどの助走期間」をかけて、下苧坪社長とコミュニケーションをとったそうだ。

「下苧坪社長は自分よりも10歳も年下ですが、地元・洋野町を再生したいという情熱に大いに感銘を受けました。また、ただ量を売るのではなく、アッパー層向けのブランドを創るという事業戦略にも共感しました。正に私が挑戦したいことでしたし、これまでの経験が活かせると感じたのです」

ひろの屋はこれまで、東日本大震災という逆境にも負けず事業を成長させ、注目の水産加工ベンチャーとして多数のメディアにも取り上げられてきた。一方で「成長スピードに対して、社内体制などが追いついていない面もあった」(神山氏)。例えば、ひろの屋の工場は給食センターを改修して運営していたが、神山氏の参画後、抜本的に衛生管理やオペレーションの方法を見直したという。「強いブランドをつくるには、お客様から見えないところを含めて体制を作らないといけません。老舗で15年間働いて得た知識やノウハウを浸透させていきたい」と神山氏。

ウニのほかタコ、ホヤ、アワビなどの洋野町の水産資源を活かした商品開発を推進

経験者だからこそ気づく課題

月に2回、3-4日まとめて洋野町に勤務しているが、「この勤務体系で十分仕事は回せる」と神山氏は言う。「炊き込みご飯のもとは、女性二人とプロジェクトチームを作り開発しました。現地で開発や試作を行い、東京にいる間もWEB会議で進捗をチェックして指示を出せるので、遠隔がネックになることはありませんでした」。ひろの屋と神山氏のこの関係については、中小企業庁が今年3月にまとめた「中小企業・小規模事業者における中核人材確保ガイドブック」において、モデル事例として取り上げられている。

神山氏の主導で開発した「北三陸ファクトリーキッチン 天然自生わかめ炊き込みご飯のもと」

ひろの屋では、地域商社設立プロジェクトや、産学連携によるウニの畜養計画、商業施設や加工所などを併設した「浜の駅」設置構想などが動き出しているという。こういった大掛かりなプロジェクトは、下苧坪社長を中心に推進しており、神山氏は右腕として一歩引いて社長を見守る。

「社長がやりたいことをやれる、伸び伸びと成長できる環境をつくるのが私の役割だと思っています。ただし、見えない落とし穴や気づかない課題も沢山あります。ブランディングや店舗運営の経験者として、こうした課題をチェックし、社長に伝えサポートするようにしています」

完全移住となるとハードルが高いが、兼業・副業であっても地方で十分仕事はできる。神山氏は今後、地方で兼業先を増やしていきたいという。

「ひろの屋に関わるまで、私は洋野町のうに牧場や持続可能な漁業について全く知りませんでした。同じように、全国には私の知らない魅力的な資源や、課題を抱えている企業が沢山あるのだと思います。ひろの屋のような形で、さまざまな地域企業の経営に関わり、企業間のコラボレーションをつくることが次の目標です」。地域企業に参画して得た、新しい夢を形にするために、神山氏の挑戦は続く。

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