海外進出の「3つのギャップ」を乗り越える

海外市場は地域資源の輸出先として大きな可能性を秘めているが、商品のローカライズやコミュニケーションなど、さまざまなハードルがある。伝統工芸品の海外展開で数多くの実績を持つ、TCI研究所にノウハウを聞いた。

和傘の伝統美や開閉技術を活かして開発された照明機器(日吉屋ホームページより)

TCI研究所(京都市)は、伝統工芸品の海外販路拡大で数多くの実績を持つコンサルティング会社だ。

創業者で代表の西堀耕太郎氏は、老舗京和傘工房「日吉屋」の5代目でもある。江戸時代から160年続く、京都で1軒だけ残った和傘工房だが、約10年前に西堀氏が承継したとき、年商はわずか150万円にまで落ち込んでいたという。

現代のライフスタイルにあわせて和傘も変わらなければいけないと、デザイナーらと共同で、和傘の伝統美や開閉技術を活かした照明機器の開発に着手。苦心の末完成した和風照明「古都里(KOTORI)」は、BtoCはもちろん、BtoBでも有名ラグジュアリーホテルや飲食店に幅広く採用され、世界各国に販路を広げた。

この成功のノウハウを、同じように海外展開を目指す事業者に提供し、日本の伝統工芸の再興を目指そうと2012年にTCI研究所は設立された。

「グローバルチーム」の商品開発で海外進出のギャップを乗り越える

数多くのプロジェクトに関わってきたTCI研究所東京事務所所長の堀田卓哉氏(Culture Generation Japan代表取締役)は、「中小メーカーは海外販路拡大で3つのギャップに苦しみます」と指摘する。海外の生活習慣や市場特性に合わせたローカライズができない「商品ギャップ」、ブランディングやPR不足で商品の良さを伝えきれない「コミュニケーションギャップ」、取扱業者や市場情報が不足する「流通ギャップ」である。

これらの課題を乗り越えるためにTCI研究所が考案したのが、グローバルチームを形成してクライアントの海外向け商品開発に取り組む「ネクスト・マーケットイン」という手法だ。ターゲット国・市場で実際に活動しているバイヤーやデザイナーが、アドバイザーとして参加し、職人と協業して商品を作り上げていく。

まずクライアントの工房を実際に訪問して、どんな技術や商品特性にターゲット国進出の可能性があるのかを発見するところからスタートする。商品カテゴリーや用途を絞り込み、デザイナーとともに試作品を開発。現地バイヤーを通してテストマーケティングを行い、意見を反映させながらブラッシュアップしていく。そして、完成した商品を有名見本市に出展するなどのPR活動を行い、販路を拡大する。

現在、TCI研究所は海外10カ国とのアドバイザーネットワークをつくっている。出発点が同じ伝統技術であっても、アドバイザーによって全く異なる商品に仕上がることも多いという。例えば京漆器のプロジェクトでは、欧州向けは「削り」技術を活かした木目が美しいナチュラルな商品が、中国向けは「塗り」技術を活かしたモダンテイスト商品が完成し、それぞれの市場で受け入れられた。

海外で売れる条件とは?

TCI研究所は2016年1月に、フランス・パリのトレンド発信地であるマレ地区にセレクトショプ「アトリエ・ブランマント」をオープンした。この施設はTCI研究所と丸若屋、エクサ・パートナーズの3社運営で、総合ディレクターにはエルメスパリ本社副社長を勤めた齋藤峰明氏が就任。日本の商品や技術、とくに伝統工芸品をパリやヨーロッパに展開することを目的としており、施設には3つの機能・空間を用意した。

まず、「モノを売る」ためのセレクトショプ。日本各地から集めた商品を小売するスペースだ。次に「コトを売る」ための展示イベントスペース。民間企業や行政のテストマーケティング用空間として、試作品などを並べ、パリのインフルエンサーや一般市民のリアクションを分析する。

そしてもうひとつが、9月にオープンした「ワザを売る」ためのBtoB向けのショールームだ。「日本の伝統技術はレベルが高いけれど、BtoC商品に落とし込むと単価が高くなってしまう例が多々あります。そこで、技術をBtoBで提案しようというのがショールームの狙いです。例えば、壁材やインテリア用に織物やセラミックの技術を提案することができるでしょう。パリには世界の設計事務所が集まっており、今後力を入れたい事業です」と堀田氏は話す。

アトリエ・ブランマントではオープン以来、さまざまな商材のテストマーケティングを手がけてきた。堀田氏は「日本人感覚で良いものが売れるとは限らないと改めて感じました。一方で、こんなものが?というものが飛ぶように売れたりします」と振り返る。

では、売れるものに共通することは何か。まず、ライフスタイルに溶け込んで使い勝手の良いものが好まれるという。一例が卓上七輪だ。「フランス人は夕食前に、庭などでおつまみを食べながらシャンパンやワインを飲む“アペロ”という習慣があり、その用途で小型の七輪が好まれたようです」。日本のアイデンティティが感じられる商品も売れやすいが、ただ単に伝統的な柄や色を使った商品は、パリでは「安易」と思われてしまい、受け入れられにくく、一工夫が必要だという。

「売れるものをつくるには、良いものをつくる努力(素材やデザイン、技術、機能など)と、良いものだとわかってもらう努力(PRやパッケージ、ストーリーなど)の、両方が欠かせません」。これはつまりブランディング活動にほかならないが、その際には、希少性と歴史、意外性を利用したストーリー性のあるブランド構築が大切だという。

例えば日吉屋の照明KOTORIの場合、京都に1軒しかない和傘工房という希少性、5代160年という歴史、和傘なのにランプという意外性などがブランドとして受け入れられ、ヒットに繋がった。「ストーリー性があるとメディアにも掲載されやすいですから、大手広告代理店に頼れない中小メーカーにとっては特に、ストーリーをいかに魅せるかが重要です」

TCI研究所などが今年パリにオープンした「アトリエ・ブランマント」。日本の伝統工芸品の販売やテストマーケティングを行う

海外展開は自社の強みを知る「リトマス試験紙」

「海外展開は、中小メーカーにとって、自社・商品の本質的価値を知る“リトマス試験紙”と言えるかもしれません」。伝統工芸職人は何十年もかけて技を磨く職業であるが、それ故、自分や商品の価値がどこにあるか見えにくくなってしまう。海外展開は、異なる視点から価値を分析する機会になるし、その気付きは、国内事業の成長にもきっと役立つはずだ。

「海外は決して遠くありません。ただし、海外市場に挑戦するための“触媒”が必要だと思います」と、地域商社や地域プロデューサーの重要性を堀田氏は指摘する。

ふるさとグローバルプロデューサーは、ふるさとプロデューサー等育成支援事業において、育成しています。当事業は、中小企業庁の補助事業として株式会社ジェイアール東日本企画が実施しています。同社は、カリキュラムの作成等を学校法人日本教育研究団事業構想大学院大学に委託しています。

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