2016年3月号

パイオニアの突破力

福岡堅樹 ラグビー選手/日本代表 ラグビーと医学 ふたつの道を歩む

福岡 堅樹(ラグビー選手/日本代表)

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2015年、ラグビーワールドカップで試合を大きく動かした“スピードスター”、福岡堅樹。彼には、医師になるという幼いころからの夢があった。彼は将来、ラグビー選手の引退後、医学部を受験し医師を目指すという。言葉では簡単な話だが、それを決意し実行できる人間は多くない。ふたつの夢を実現させるための構想とは。
文・小島 沙穂 Playce

 

福岡堅樹 ラグビー選手/日本代表

ラグビー選手、福岡堅樹にはある夢があった。開業医の祖父の影響で、幼いころから医師になりたいと考えていた。高校生になった福岡は、志望大学を筑波大学医学部に設定した。国内有数のラグビー部と医学部の両方を有する国立大、筑波大学は、福岡にとって最高の環境に違いなかった。

しかし、高校3年生の花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)を終えた秋。筑波大の合格圏内は難しいという判定だった。現役で受験をするも、センター試験の点数はやはり同大医学部の合格基準に届かなかった。浪人して翌年の再挑戦でも、残念ながら前期二次試験で不合格となった。

国立大の後期試験を前に、福岡には3つの選択肢があった。もう一年浪人し、ラグビーから離れて勉強に集中すること、レベルを下げてラグビー部のない筑波大以外の国立大医学部に進むこと、そして筑波大学の別の学部に進み、ラグビーを続けながら未来の自分に医師になる夢を託すこと。彼が選んだのは、3つ目の選択肢。彼は、ラグビーをあきらめたくなかったのだ。後期試験で同大学の情報学群を受験した福岡は無事合格。情報学を学びながらラグビー部の一員として活躍している。2016年春の卒業を前に、福岡は何を見るのだろう。

ラグビーと医学
どちらもあきらめはしない

福岡の最大の武器はなんといってもその“スピード”である。50mを5秒8で走るその足は、世界でもなかなか見られない。2013年にはそのスピードが評価され、日本代表にも選出された。リオデジャネイロ、東京と今後の夏季オリンピックで、その足は試合を大きくかき回すと期待されている。

「スピードを活かして自分の役割を果たし、代表チームで結果を残したいです。4年後の東京オリンピックの時期には、日本代表チームの核となっていたいですね」

そんな福岡だが、大学進学時に最大の選択を迫られた。筑波大学でラグビーをプレーするか、別の大学の医学部で医師になる夢のどちらかを選ばなくてはいけない状況にあったのだ。しかし、彼は片方の夢を捨てるのではなく、どちらの夢も叶える方法を導き出した。

「僕は、筑波大学の情報学群に入学し、ラグビー部で活躍する道を選びました。しかし、『医師になる夢』をあきらめたわけではありません。まだ先のことになりますが、ラグビーの選手として世界の舞台で活躍した後、もう一度医学部へ入学し直して医学の道を目指したいと考えています」

そして今、福岡は大学4年生の冬。学生の本分である勉強、具体的に言えば卒業論文に取り組んでいる最中である。大学卒業後の2016年春には、プロの選手としてデビューし、プレーを見せていく。

そして未来の2019年のワールドカップと2020年の東京オリンピック。どちらも日本国内で行われる大会だ。2020年、アスリートとして肉体的にはピークに近い28歳になる。彼のターニングポイントは、おそらくその時期となるだろう。それまではラグビー選手として、プレーを極め、その後、医師への道へシフトして第2の人生を歩むというのが福岡の構想だ。

一人前の医師を目指すには、28歳からさらに数年の学びが必要となる。それは険しい道となるに違いないが、ずっと夢に見ていた道。その夢を叶えてみせると、福岡は強く語る。

自身のけがを通じて医師になる夢を見る

福岡が医師に執着する理由はなんだろう。ひとつは、彼の祖父が開業医をしており、その姿を幼少時から見続けていたことがある。もうひとつは、福岡自身がラグビーのプレーで何度もけがを経験し、治療してきたことにある。高校2年生の時、左足の前十字靭帯を切断。さらにその後右足の靭帯を損傷してしまったため、計2年ほど治療を受けていた。その際の整形外科の先生に感銘を受けたのだと言う。

「前十字靭帯は一度切ってしまうとスピードが落ちたり感覚が戻ってこないと聞いていたのですが、その先生は『リハビリをすれば、前と同じようにスピードが戻るから』と心から安心できる説明と治療をしてくれました。きちんとリハビリを受ければ、必ず元の舞台に立てるのだと信じさせてくれる言葉と治療をいただきました。先生はとても尊敬できる方です」

これまで、世界の舞台で活躍したスポーツ選手が医師に転向するケースは、ほとんどいない。

「その意味では僕がパイオニアになれるのかなと思っています。選手経験を治療に活かしたい。まだまだ先の話で構想段階ではあるのですが、将来夢を叶えるためにがんばりたいですね」

医学部の志望先など、具体的な部分まではまだ考えていないということだったが、モチベーションを保つためにも、医学に意識を向けるようにしているという。例えば、浪人時代に手術を受けたときのエピソードがある。右膝前十字靭帯の断裂時に入れたボルトを取りのぞく簡単な内視鏡手術だった。全身に麻酔をかけ、意識をもうろうとさせた状態で行うのが一般的な手術である。しかし、福岡は下半身の麻酔だけに留め、意識のある状態で手術を行った。

「手術の手順に興味があったので、担当医に頼んでモニターで自分のひざが手術されている様子を見せていただきました。映像で自分の体内の様子を見るのは不思議な気分でしたね(笑)。先生も手術の説明を逐一してくれて、とても勉強になりました」

一般の人が生きた人体を診る機会はほとんどない。福岡の医学への興味を深めるとてもいい機会だった。

「医師になりたいという僕の夢について、先生には手術前から何度もお話していました。それもあって、先生が『手術の様子を見てみるか?』と声を掛けてくださったのだと思います。医療の技術が素晴らしいだけでなく、そういった機会を与えてくれたという意味でもよい先生に巡り合えました。こうした経験があるからこそ、僕も患者さんに信じていただけるスポーツに通じた医師になりたいと考えています」

また、情報学群での学びも、医師への夢につながるテーマを選んだ。

「卒業論文には、ゼミの先生と相談して、医学にも活かせる生物画像処理という分野の研究テーマを選びました。ある細胞の画像のなかにいくつの細胞があるかを識別したり、細胞の密度を計測する方法を探りました。画像に写った細胞は良好な状態なのか、何か損傷があるか判別するのです」

日本ではこうした医学に画像処理を活かす研究はまだ遅れているという。情報学群に入学したことは、決して回り道ではない。

ポジティブ思考への切り替えとイメージトレーニングが強さを生む

福岡がそうした道を選べた理由のひとつに、ポジティブな思考への切り替えの早さが挙げられる。

福岡がはじめて大きなけがをしたのは、高校2年生の8月。直後に高校日本代表の合宿や遠征を控えた時期だった。8~9ヵ月が復帰のめどと言われる靭帯の故障で、その年度の試合出場は難しいとされていた。高校生のラガーマンにとって、大切な試合に出られない。それでも、福岡は絶望しなかった。3年の花園の予選には間に合う。ああ、最悪の事態にならずに済んでよかった。彼は前向きにそう切り替えたのである。

「試合でコートを駆ける仲間の姿を、走れない足を抱えて見ているのは非常につらいものがありました。しかし、出られないことを嘆くのではなく、自分がもしそのプレーの場にいたならば、どんな動きをればよいのか、試合を観ながら常にシミュレートし、イメージを高めていきました」

走る自分の姿を想像し、モチベーションにつなげていたのだ。そんなポジティブな行動が、コートへの復帰をスムーズにしたに違いない。イメージトレーニングは充分できていた。リハビリにより、身体づくりも万全だった。あとはただ、上を目指して動き出せばよかったのである。代表として活躍する今も、その延長線上にいる。

日本のラグビー界における発展のチャンスは今

2015年のワールドカップ イングランド大会で、日本はプールBで3勝を上げた。勝ち点が及ばず、残念ながらグループリーグ敗退となったが、国内外に対して日本のラグビーを大きくアピールできた年であった。

「ラグビーの大きな発展の機会をつくることができた今が、もっとも大事な時だと思います。この流れを続けていくためには、協会も選手たちも『自分たちがラグビー界を変えていくんだ』という強い想いをもってプレーし続けていくことが必要です。もっともわかりやすい指標は、やはり日本代表が世界に勝つということ。僕も今後世界を舞台に大きな活躍を見せて、日本のラグビー界の未来へつなげて行けたらと思います」

特に、オリンピックはほかの業界からの注目も大きい。

「4月以降、ラグビーのプロとして働くようになったら、練習漬けの毎日となるかと思います。しかし、ラグビーと並行して医学部受験の勉強も進めていきたいです」

気分転換をするような気持ちで並行したい、と福岡は言うが、両立は決して容易くない。しかし、彼は見事に両立して見せるだろう。

今後の人生を形成するための要素は、そこかしこに落ちている。福岡はそれをあますところなく拾いながら進んできた。何年も抱き続けてきたふたつの夢のうち、ひとつはもう手の届くところに見えている。一度に二兎を追わず、ひとつずつ。まずはラグビーという夢をつかみとるのだ。

福岡堅樹(ふくおか・けんき)
ラグビー選手
日本代表
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