徳は本なり、財は末なり

ゲスト・茂木修氏 (キッコーマン常務執行役員)/於・キッコーマン東京本社

左)スティーブ・モリヤマ、右)茂木修氏

日本人にとって、なくてはならない調味料、醤油。「和食は、醤油に始まり、醤油に終わる」といっても過言ではありません。大豆と小麦を醤油麹にし、発酵させて造る醤油は、和僑のわたしにも、日本を身近に感じさせてくれる食品の筆頭といえます。現在、日本の醤油市場は、トップのキッコーマンを筆頭に大手5社がシェア5割を握り、残り半分は概算で1400にものぼる中小業者がひしめき合う厳しい市場です。

織田 本誌編集長の織田でございます。本日は、先ず異文化研究家のスティーブさんから日米文化比較論的な質問を、それから私のほうからいくつか事業面のお話も伺いたいと思います。さて、御社は戦前から積極的に海外でも醤油を製造されてきましたが、敗戦でアジアにあった在外生産拠点を全て失い、戦後は資産・商圏ともにゼロの状態から、海外事業を再出発させたそうですね。にもかかわらず、現在では連結売上の約半分、連結営業利益の約8割を海外市場で獲得する、グローバル化に最も成功している日本企業の一つといえます。

まず、御社の社員の方々のお名刺ですが、醤油の搾り粕を使っているんですよね。素晴らしいリサイクリングの知恵だと思います。

茂木 恐れ入ります。2000年以来、弊社社員の名刺にこの非木材紙が使えるようになりました。もちろん、醤油粕は家畜用飼料などにも使われており、醤油粕以外にも、排出される副産物や廃棄物を削減しつつ、再生利用を徹底して進めております。

織田 究極のエコ企業だったのですね。さて、御社は「8家一族経営」というユニークな形態ですので、一般的な同族経営よりはるかに経営基盤が強固のように思われます。

茂木 弊社は同族経営と見られがちですが、もともと競争関係にあった野田周辺の醸造家8家が1917年に一つになって、前身である「野田醤油株式会社」を設立しました。商標も当時はバラバラで、設立時には200以上あったのですが、1940年から「亀甲萬(キッコーマン)」に統一されています。

創業家には不文律といいますか、「各家から1世代1人に限って入社を認める。ただし、役員にする保証はなし」という申し合わせのようなものがあります。昔はそれぞれの創業家の影響力はそれなりに大きかったものですから、例えば一つの家から5人も子供が入ってしまいますと、パワーバランスが崩れ、派閥抗争に発展することを危惧したのかもしれません。そういうリスクを合併前に排除して、「近代的経営をおこなう」という強い意志のもと生まれたのが弊社なのです。

モリヤマ 8家の意見を一つにまとめるのは容易ではなかったと思われますが、きっと強力なリーダーシップを発揮された方が、合理的な選択をされたのでしょうね。長く続くお家だけに、家訓・家憲には、質実剛健や倹約が強調されていそうですね。

茂木 こんな本が家にあったのですが、「家憲」が正しいようです。岩崎祖堂氏が、私の曽祖父の初代茂木啓三郎に取材をして書いた、明治41年刊行の『日本現代富豪名門の家憲』という本で、「近代デジタルライブラリー」にも収録されています。この中の「茂木家の家憲」という章に「茂木一家の玄関に入らんか『家憲に因り戦争後五ヶ年改革』...」というくだりがあり、今も野田の実家の玄関にその手書きの札が掛っています。その札には確かに「家憲」と書いてあり、それが正式だと思います。これがその写真ですが、“戦争後”の意味は子供心に第二次世界大戦のことかと思っていましたが、日露戦争のことでしょうね。

モリヤマ このお写真(P85参照)からは実に良い気が伝わってきます。それでは、家憲の具体例にまいりましょうか。

茂木 8家全部の家憲の詳細を知っているわけではないのですが、わりと似通っていて、共通するのは「誠実さ」ということになるかもしれません。例えば、「徳は本なり、財は末なり。本末を忘るる勿れ」というのは、家によって表現上の違いは若干ありますが、8家に共通するものです。

モリヤマ 「財」というのは、金儲けのことでしょうが、「徳」というのはどういう意味でしょうか。一般的な意味では、例えば、我々の共通の友人である高橋弥次右衛門氏(米源取締役)や神戸雄一郎氏(かんべ土地社長)のように、自然に人が集まってくる“人徳”のニュアンスが強いと思われますが。

茂木 そういう意味も込められているのかもしれませんね。ただ、ここでは「本来自分がやらねばならぬこと」という意味合いが強いと思います。財テクなどに走らず、本業をきちっとやり続ければ、経営判断を誤ることはない、ということでしょう。

モリヤマ ふと、今のお話で思い出したのですが、年に二度ほど、ボランティアで慶應義塾湘南藤沢高等部の三年生に教えています。つい先日は「人生を幸せに生きるには、“運命”という字の片割れである“命”に注力することが大切。“命”とは、自分が持って生まれてきた本源的な強みのこと。子供の頃は誰でもそれを知っているが、大人になる過程で、世間様の意見に左右されて忘れてしまう人が多い。本当は、自分の“命”に注力し、それを磨き続けて社会に貢献することが人生の意味であり、それを再認識し実践することが、幸せに生きる近道ではないか」というお話をしました。茂木さんのお話を伺っていて、単なる儲けの追求ではなく、商家としてあるべき姿を追求せよ、事業を愚直にやり続けよ、という点で「命」に通ずると感じました。

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