心に聞いて、判断せよ

周囲に全く認められず、鬱屈した日々を過ごす、マイケル・ジャクソンに憧れるとある少年が、愛知県にいた。10年後。少年は、伊勢神宮で、現代ダンスでは初となる奉納の舞を踊っていた。少年に何が起こったのか──

「映像を見た瞬間に、"これだ"と思いました。まさに稲妻が落ちてきたようなとてつもない衝撃」。

ケント・モリは自分の思春期を思い浮かべてそう語る。幼少期から母親の影響でマイケル・ジャクソンの曲を聞いていた彼は、12~13歳のころにスリラーのプロモーション映像を見て大きな感動を覚えた。直後にレンタルショップへ行ってアルバムを手にし、浴びるようにしてマイケルの作り出すエンターテインメントの世界へ没頭しはじめる。一体どれだけの人が一生のうち、本当に心の底から好きになって熱中できるものに出会えるのだろう。

彼はその映像を見たとき「これ以上のものはこの世の中にない」とまで思ったのだ。

教育現場から突き放された少年時代「もうただただ好きで、マイケルの映像を見ていました。当時周りで流行っているものには見向きもせずに。自分が興味を示さないものは見たいと思わない性格です。自分の好き嫌いをしっかりわかっているし、好きなものは自分で選ぶという傾向は思春期の頃から強くあったと思います」。

しかしそんな芯の強い性格は、日本の教育システムとはうまく折り合わないところもあった。彼にとっての最大の壁は、日本で過ごした学生時代だった。

「今となっては当時の先生たちの気持ちもわかるんですが、そのころはもう学校が窮屈でしょうがありませんでした。ルールが沢山あってがんじがらめ。そのルールをきちんと守って言う通りにしている人が評価される、そんな風に思えて。僕のような自由な振る舞いをする人物は"アイツはああいうヤツだから"とレッテルを貼られてどんどん相手にされなくなっていく。そうなると自分も感情的に反発を繰り返す。疎外感を強く感じていました」。

ダンスに関しても違和感があった。

日本では「輸入した」ダンスをトレースし、型どおりに踊ろうとすることが多い。それは「フェイク」、とケントは表現する。本来音楽に体を合わせ自由に踊るダンスにさえも不自由を感じ、アメリカへの憧れをエスカレートさせていく。もう耐えられない―そう思ったのは大学3年の時だ。卒業まではあと1年。

「一度でいい。自分が一番やりたいことに徹底的に没頭したい。そう思って渡米を決意しました」。

ケント自身は短期ではそれまでに何度も渡米しており、マイケルへの憧れも一本芯が貫かれていたため、家族は反対せず、むしろ応援してくれた。

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