作家・森見登美彦 小説とは何か? 新作『熱帯』で追い求めた答え

第160回直木賞候補ともなった森見登美彦の最新作『熱帯』。いつの間にか消えてしまう「幻の本」を求め、東京、京都の他、さまざまな世界を巡る壮大な冒険小説だ。自身にとっても連載中断などの苦難を乗り越え、足かけ8年がかりで完成させた最長編の大作となった。小説とは何か? 自らにそう問い続け、追い求めたその答えが、この最新作に注ぎ込まれているという。

文・油井なおみ

 

森見 登美彦(作家)

作家生活、丸15年
2度のどん底を経て生まれた作品

「小説とは、物語とは何か」

ここ数年、とくに最新作『熱帯』に取り組んでからは、そのことばかり考え、追いかけ、掴まえようとしてきた。

森見登美彦が最初に物語を描き始めたのは小学3年生の頃。高校時代には「大学生で作家デビュー」と目標を定め、執筆に注力し続けた。ところが、"夢"を現実にすべき時期を迎えたとき、先行きが見えなくなったという。

「大学でより集中して書き続けたのですが思うように書けなくて。いろんな賞にも応募しましたがひっかからず、完全に自信をなくしました。さりとて就職活動もうまくできず。この先どうすればいいんだとお先真っ暗でした」

休学したり、大学院に進むことにしたりと、"時間稼ぎ"を繰り返した。

「小説とは別に、所属していたライフル射撃部でクラブの仲間向けにいろいろ書いていたんですが、これはなかなかの評判で(笑)。最初は部室に置いてあるノートに思いつきで書いただけだったんですが、だんだん期待されるようになってしまったんです」

記録ノートや部のパンフレット、HPにも書くようになり、部での活動は射撃よりむしろ"面白いことを書く"ことがメインになっていたという。

「かなりふざけた文章で、ただ友だちを喜ばせよう、笑わせようというためだけに書いていたんです。ところがいつの間にか、部員だけでなく、保護者の方も楽しみにしてくれるようになって。当時は"小説はこうでなくては"という思いが強く、小説はきちんとした文章で書いていたんですが、その手法ではすっかり行き詰っていたので、最後の手段だと開き直り、そのふざけた文体で挑みました」

1年の休学を経て、大学院に進む直前の冬から春にかけて書き上げた『太陽の塔』は、2003年、第15回日本ファンタジーノベル賞を受賞。小学生からの夢だった小説家としてのデビューを果たし、暗闇から抜け出せた。

しかし、大学院卒業後は国立国会図書館に就職。関西館に勤務する傍ら作品を発表し、2007年には『夜は短し歩けよ乙女』で山本周五郎賞と本屋大賞2位を受賞。人気作家としてその名を周知されても尚、兼業を続けた。

「なるべく兼業で粘ってやろうと思っていたんです。だって、連載はありましたけど、どうなるかわからないじゃないですか。書けなくなったらどうしよう、という思いは常にあって、専業になるのがすごく怖かったですね」

兼業作家の生活は5年半に及んだが、東京勤務となり図書館での業務が重きを増したことで、腹をくくったという。

「思っていたより早く本も売れるようになって、忙しくなりすぎたんです。連載をいくつも抱え、さすがに両立できなくなって。時間ができれば、この連載もさばけるだろうと思い決意しました。ところが、しばらくすると、仕事を辞めたくらいではどうにもならんということに気づき、2011年に"連載を続けることはできません"とやってしまったんです。専業になってたった1年で破綻し、連載をすべて投げたわけですから、人生終わったと思いました。目の前真っ暗で体調も崩し、妻と実家のある奈良に引っ込みました。再び自信を失くして、これからどうなるのだろうと不安でいっぱいでした」

昨年11月に出版され、直木賞候補にも挙がった『熱帯』もその時期に中断してしまった連載のひとつだ。

「謎の本とか、作中作が登場するとか、一度は書いてみたいテーマだったんです。そんなときにweb文芸誌での連載のお話があって、ちょうどいい場かも、と深く考えもせず始めたんです。ところが、3章まで書いたところで書けなくなってしまったんです」

復帰にあたって、何かきっかけがあったわけではないという。

「まずは生活リズムを整え、うまくいっているかいっていないか分からなくても毎日少しずつでも書く、ということを続け、だましだまし取り戻した感じです。逃げるも何も、専業になっていたので、書くしかなくて。奈良に帰ってからも、自分にとって小説とは、書くこととは、読むこととは何か、ということをひたすら考えていました。とはいえ、数学のように答えが出ることはないので、ああでもないこうでもないと悩みながら書き続けました」

滞っていた数々の連載を年1~2本のペースで完成させ、『熱帯』に再び手をつけたのは2017年頭からだった。

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