金融界に留まらない変革の波 FinTechエコシステムの重要性
6月6日、事業構想研究所の主催による「FinTechのビジネスモデルとアライアンス」と題したセミナーが開催された。FinTechがもたらす産業インパクトやビジネスアライアンスの可能性について、最新事例をまじえながら2人の識者が議論した。
昨年以降、日本でも注目を集め始めたFinTech(フィンテック)。その広がりは金融業界に留まらず、製造業や流通業などに波及し、企業活動や消費行動、お金に対する価値観に多大な影響を与えると言われている。2015年が「FinTech元年」とすれば、2016年は「発展期」となることは間違いないだろう。こうした大きなうねりの中で、FinTechを種に事業を構想し、新たな価値を生み出すには、どのようなアプローチが必要なのか。
その可能性を探るべく開催された本セミナーでは、FinTechを行政の立場から推進する、経済産業省 経済産業政策局 産業資金課 課長補佐の緒方慎氏と、FinTech協会の代表理事を務める、決済系ベンチャーのインフキュリオン・グループ代表取締役の丸山弘毅氏が登壇した。その模様をレポートする。
領域に特化したサービスが台頭
昨年から官民一体で普及を推進する流れが起こり、FinTechは「IT革命に次ぐ新たな革命」として一気に注目を集めるようになった。冒頭、緒方氏は経済産業省がFinTechを推進する理由を、「産業育成の観点から、産業・金融・IT+ベンチャー企業育成の接点を担っている」と説明。昨年10月から「産業・金融・IT融合に関する研究会」(FinTech研究会)を実施し、FinTechの現状把握と新産業としての政策検討等を行なってきたと報告した。
FinTechとは、金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語で、スマートフォンや人工知能(AI)など、IT(情報技術)を活用した新たな金融サービスの総称である。FinTechを一種のバズワード(流行語)と捉えている人も少なくないが、「言葉自体は以前から存在し、銀行の基幹システムやATM、インターネットバンキング、電子マネーなどをFinTechと呼んできた」。昨今のFinTechサービスが従来の金融機関によるITサービスと異なるのは、「領域に特化した顧客視点での使い勝手の良いサービスを提供している点にある」と緒方氏は言う。
「FinTechは、その担い手の多くがベンチャー企業であるため、その領域は決済・融資・送金・保険・資産管理・資金調達・仮想通貨と幅広く分かれ特化されています。これらサービスのメリットは、スマートフォンで簡単に操作ができて、金利や手数料が安くなる。さらに、個人のニーズに沿ったきめ細やかなサービスが受けられることにあります」
海外に遅れをとっていると言われてきた日本のFinTechだが、近年は多種多様な分野でサービスが立ち上がっている。たとえば、スマートフォンでレシートを撮影すると家計簿ソフトに入力してくれるサービスや、独自開発のアルゴリズムにより、ロボットが投資助言を行うロボアドバイザー、無料のクラウド会計ソフトを通じて、銀行口座やクレジットカードの取引明細を自動収集し、仕訳化する中小企業向けの財務会計サービスなどがある。また、スマートフォン等を通じて取得したドライバーの運転特性や走行距離等の情報を保険サービスへ活用しようとする動きもある。
既存・新規プレーヤーによるプラットフォーム争い
金融業はこれまで新規参入が難しいとされてきたが、規制の影響を受けない分野から徐々に新規参入するベンチャー企業が増えてきた。緒方氏は「FinTech産業は、同じ規制産業である通信キャリアと似たような産業構造の変化を辿るのではないか」と指摘する。
「古くは電電公社による独占、自由化により電気通信事業者は通信設備を持つ一種、持たない二種の免許制となったが、その利益は所謂電話会社が享受していた。しかし、その後の規制緩和や技術革新によって多様なプレーヤーの参入が促された結果、昨今大きく台頭しているのはGoogleやApple・Facebook等である。通信キャリアの土管化(回線の提供に専念せざるを得ない状況になった)が言われたように、金融界でもこれと同じ現象が起きないとは言えない」
さらに緒方氏は、銀行口座やクレジットカードを登録すると、自動で家計簿を作成する家計資産管理サービスを例に上げ、「ユーザーが家計資産管理アプリを金融サービスのポータルとして利用し始めると、そのユーザーにとってどの金融機関を利用しているか、の意義は相対的に薄くなる。」と説明。このようなベンチャー企業の台頭をきっかけとしたプラットフォーム・顧客接点獲得争いにおいて、既存金融機関は金庫化を避けるべくイノベーションに取り組む動きがあると述べた。
最後に緒方氏は、金融サービスは基本的にはローカルなサービス産業であることから、「人口動態や経済動向の影響を受けやすく、少子高齢化・人口減少と相まって、従来の金融サービスに対するニーズは頭打ちになっています」と解説。他方で、需要者である家計では、金融資産が預金に偏重していることや、中小企業ではいまだ紙ベースの経理処理が多く、財務事務が非効率的であることから、潜在的な金融サービスへのニーズは高く、またFinTechが日本の社会課題の解決に資するのではないかとの見方を示した。
「今後、FinTech企業が既存の金融機関のサービスの一部を代替し、専門的かつユーザビリティの高いサービスを提供していくでしょう。他方既存金融機関もイノベーション創出の取組みを始めています。政府としては制度面の課題を検討しながら、FinTech産業が発展していくために、FinTechベンチャー・エコシステム構築の支援はもちろんのこと、紙媒体や各種手続きのデジタル化推進等多面的に後押ししていきたい」と結んだ。
業種の壁を越えて拡大するFinTechサービス(イメージ)
FinTechは次なるステージへ
セミナー後半では、丸山氏が国内の主なFinTechサービスを取り上げた。金融機関から取引明細のデータを自動的に取得するマネーツリー、小規模事業者が専用の高価な端末を導入しなくても、スマートフォンやタブレットにアプリをインストールし、専用リーダーを取り付けるだけでクレジットカード決済ができるリンク・プロセッシング、簡単な質問に答えるだけで、投資信託を使って個人の投資嗜好に沿ったポートフォリオを構築してくれるお金のデザイン、仮想通貨・ビットコインの要素技術であるブロックチェーンに独自の認証アルゴリズムを加え、認証時間の短縮や低コスト化を実現するOrb(オーブ)など、従来の金融機関が未開拓だった分野で革新的サービスが次々と誕生しており、その原動力となっているのはスタートアップ企業であることを解説。その上で丸山氏は、「FinTechのサービスエリアは多岐にわたりますが、要素技術があり、それに乗っかる形でひと通りの分野で金融サービスが立ち上がっている状況です。しかし、バンキングアプリとSMEレンディング(中小企業向け融資)はまだあまり進んでいません」と説明した。
丸山氏は今後の展望として、次の2点が考えられると語る。1つは、「FinTechサービス同士の融合」がより加速することだ。たとえば、従来の金融機関が提供できなかった中小企業の資金調達に対応するには、会計ソフト会社だけでも、融資系ベンチャーだけでも難しい。そこに、ソリューション系のFinTech企業が入ることで、融資市場の拡大が現実味を帯びてきたという。丸山氏は「FinTechサービスがひと通り出てきた今だからこそ、FinTechサービス同士で融合しながら、次なるステージに移行しつつあります」と分析する。
もう1つは、シェアリング・エコノミーやIoTによって、モノを買う(資産を保有する)という概念が変化することだ。
「すでに実装されているのが、自動車の走行距離がセンサー・データになって保険料が決まるというモデルです。家電でも同じことが始まっており、製品を買って所有するのではなく、リーススタイルで使った分だけ支払うなど、FinTechはあらゆる業種業態に関わっていくでしょう」
新規事業のカギはスピードと実績
次に丸山氏は、自前主義と言われてきた金融機関でオープンイノベーションが進んでいると話した。三菱東京UFJ銀行がスタートアップを対象とした支援プログラムを設立した他、みずほ銀行が前出のマネーツリーと協
業サービスを開始。イオン銀行はLiquid(リキッド)と業務提携し、邦銀初の指紋認証システムを採用したことに触れ、その理由について「これまでのやり方では顧客が見えなくなってきたからだ」と指摘する。
「日本は現預金比率が高く、銀行口座保有率が95%を超える一方、電子決済やモバイルバンキングの利用率は、海外と比べると非常に低い」と丸山氏。欧米に比べ、日本はITや金融の活用度が圧倒的に低いのだ。
「こうした事情があるからこそ、FinTech企業と金融機関がアライアンスを組み、ユーザー目線に立った上で、ともにマーケットの発展に取り組むことが重要です。スマートフォンでの簡単な操作を通じて、ユーザーが必要な機能だけを単体で売ることで、金融サービスをあまり活用していなかった層で市場を拡大することができます」
さらに丸山氏は、生活者は日常生活において金融・決済・管理そのものを目的としていないことを指摘。その上で、「楽天のように買い物などを通じて生活者の消費行動を把握し、そこから金融サービスにつなげていくことが重要です」と語った。また、「お金を使う手前の行動とFinTechの一体化が進んでいる」と言い、2つの事例を提示した。
1つは、タクシー配車アプリのUber。Uber にはカード決済というFinTechサービスが付いており、サービスが終了した段階で自動的に決済が完了する仕組みになっている。2つ目は、自動貯金アプリのNestEggだ。このアプリは500円玉貯金の電子版とも言えるもので、貯金の目標を設定することでモチベーションを保ちながら、自動で無理なく確実に貯金でき、さらに目標金額を達成するとボーナスポイントがもらえる。「金融機関でなくても、アイデア次第でチャレンジできる」のがFinTech分野の醍醐味と言えそうだ。
決済系ベンチャーを立ち上げた経験から、丸山氏はビジネスアライアンスを実現する上でもっとも重要なのは「スピードと実績」と話す。
「まずは立ち上げて、早く実績を作り、動きながらPDCAを回していくことが大切です。そうした過程において、アライアンスが意思決定できるよう、ビジョンやストーリー、信用を伝えていくことがカギとなる」と締め括った。
プロジェクトで醸成される戦略意識
最後に登壇した事業構想大学院大学 岸波宗洋教授は、自民党・IT戦略特命委員会委員長・平井卓也衆議院議が2020年オリパラを「ビジネスショーケース機会」と称していることに触れ、「世の中に変革をもたらすビジネスが2020年までに起こるはずだ」と語る。
「インバウンド一つを取り上げてみても、訪日外国人にとってストレスフリーな決済をどのように実現するか、など解決すべき課題は山のようにある。今から4年で何ができるのか、という声もありますが、FinTechというテーマを徹底的に議論し、できることをやっていくことによって、アフターオリンピックの生活が大きく変わってくるでしょう」。
岸波教授はFinTechを電力自由化となぞらえる。
「ある事前調査では、電力会社を変えたいと7割が回答したが、実際の契約切り替えは1%も満たなかった。FinTechも同じように、単にAIやブロックチェーンで突破できるほど甘くはない」と述べ、必要性を感じてもらえるよう、生活者の価値を変えていくことから始めなければならないとした。
さらに、岸波教授は「イノベーションは戦略だ。常に戦略を考え続けなければ、FinTechをビジネスチャンスとして掴むことはできない。残り4年という限られた時間の中で、プロジェクトを通じて戦略意識も醸成していきたい」と意気込みを語った。
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