2014年12月号

パイオニアの突破力

「楽しさ」でコートを支配する 上地結衣(車いすテニス選手)

上地結衣(車いすテニス選手)

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2014年5月に車いすテニスの世界ランキング1位の座に着いた。続く大会でもシングルス全勝、9月にはダブルスでの年間グランドスラム達成の成績を残した。2014年は、上地結衣が車いすテニス選手として大躍進を遂げた年だといえるだろう。彼女の武器は、緩急のある戦術と折れないメンタル。コート上のすべてを「操る」プレーは、どのようにつくられているのだろうか。

9月7日、ニューヨークで行われたテニスの全米オープン車いすの部、シングルス決勝。オランダの選手を下し、勝負を制したのは、日本人の上地結衣選手だった。

彼女は生まれつき脊椎に障がいを抱え、両足に麻痺があり左足の運動能力が低く、車いす生活を余儀なくされた。そんな中、11歳の彼女が出合ったのはテニスという競技。個人の力でどこまでも上っていける車いすテニスは、負けず嫌いの彼女にぴったりの競技だった。

 

彼女がテニスを始めたとき、神戸の車いすテニスクラブに通う子どもは上地ひとり。大人の男性と組んで練習することがほとんどだった。力強い男子との練習を積んだおかげで、速い球の処理やラリーの応酬が得意になった。練習を重ねるごとに、少女はめきめきと腕を上げていく。テニスが楽しくて楽しくてしょうがなかった。そして2012年、18歳のとき、彼女はロンドンパラリンピックへの切符を手にすることになる。

 

初めて専属のコーチとなった千川理光氏との出会いは、上地のテニス観を変えた。考えるよりも先に身体を動かす感覚型のテニスと、コーチに学んだ相手を自分のペースに誘いこむ戦術型のテニスを融合させたのだ。スピン回転をかけた高めの球を打ち、相手に高い位置で打たせるよう導いた上で、自身はネットに寄り速攻のリターンで決めるスタイルを確立。速い展開で攻める場面も、スピンをかけてじっくり戦う場面もどちらもつくれるようになり戦略の幅が広がった。上地はさらなる強さを手に入れた。ロンドンパラリンピックや各種世界大会を経て経験を積み、2014年5月、ついに彼女は世界ランク1位の座に輝く。

相手を「操る」ゲームメイク

 

どんなスポーツでも、相手の動きを予測し、その裏をかくことは重要だ。車いすテニスでも同じく、数手先まで読んだ一瞬の駆け引きが繰り広げられている。ゲームが単調にならないことを意識し、常に計算しながらラリーをつないでいくのだ。しかし、上地はさらにその先を行く。相手のフォームや打つタイミングから球がどんな軌道を描くか予測するだけではなく、相手のリターンコースをコントロールし、対戦相手を自分のテニスに呑み込む試合を展開する。ゲームの展開を「予測する力」というより、「操る力」と言ったほうが近いかもしれない。相手のコートに送り込むボールには、軌道や回転数、スピードなどのさまざまな情報が込められている。情報が多ければ多いほど、相手のショットを自分が狙った位置に引きこんだり、アウトを誘ったりすることができるのだ。

 

相手のショットをコントロールするためには、相手選手の分析が重要となる。ショットの高さやくせ、スピードなど微細な特徴を集めなければ優位に立つことはできない。競技人口の少ない障がい者スポーツでは、世界大会に出場する選手は特に毎大会顔ぶれが似てくる。そのため、過去の対戦経験や試合のビデオ、戦績からデータを得やすい一方、自身のデータも相手に取られているため、お互いの腹の探り合いが激しくなる。

 

上地の場合、コーチたちの分析だけでなく、自分自身でも相手選手を分析している。相手が最もやりやすい状況、つまり絶対にもちこんではならないのはどんな場面か、今までの経験や過去の大会データを元にシミュレートし、ノートに連ねていく。相手に有利なパターンになるとしたらどんな展開が考えられるか、そうならないためにはどう立ち回り、どのように自分のペースにもって行けばよいのか......。考え得るパターンを選手ごとにすべてノートに書きだして、イメージトレーニングを繰り返す。ほかにも、サーブを左右どちらに打つかの確率など、数値的なデータも頭に入れておく。

 

しかし、試合当日コートに出たら、戦術の材料になるのはデータだけではない。自分の感覚を研ぎ澄まして突き進むのが上地結衣という選手だ。

 

「自分の調子がよければチャンスに喰らいついていきますし、よくないときには態勢を整えながら次の攻めに転じられるよう、つないでいく。自分はもちろん、相手選手の調子はコートに立たないとわからない部分が大きいです。いくら自分の調子がよくても、相手がそれ以上によければ、立ち回り方が変わってきますよね。1ゲーム、1セットの中でも流れはめまぐるしく変わります。小さなことでも流れが変わることもあるので、どんな変化も見逃さないようにしています。例えば、ショットの回転が甘かったり、車いすの切り返しが鈍っていたり、そのような相手の崩れを見逃さず、攻め入ることができれば、ゲームをひっくり返すのは難しくありません」

 

自身と相手選手の調子を肌で感じ、それに合わせてゲームを展開する。それはダブルスでも同じだ。

 

「現在ペアを組むイギリスのジョーダン・ホワイリー選手とはとても相性がよく、戦術の組み立てがしやすいです。彼女が緊張して調子が出ないときは、私がリードしてどんどん攻め、徐々にパートナーのテンションを上げていく。彼女の調子が上がってきたら、私が引っ張ってもらう。双方のテンションを合わせて上げていくゲームメイクは簡単ではありません。しかし、今回の全米オープンの決勝では、ファイナルセットに二人のMAXの状態をもってこられました。それが優勝につながったのでしょう」

自己をも「操る」セルフトーク

 

身長143cmと小柄な上地の場合、他国の選手に比べて返球できる高さが低い上、車いすひとこぎあたりの移動量も少ない。パワー勝負では海外の選手に軍配が上がる。その不利な状況も打ち崩していけるのは、彼女のメンタルの強さゆえである。

 

上地はセルフトークの多い選手だ。自分の意図した展開ではなかったのに、たまたま相手のミスでポイントが取れたときには「今のプレーは自分が組み立てたテニスではない」と自身を叱咤する。一方、調子の悪いときには「今のプレーはよかったよ」と褒め、次の一球へのモチベーションを上げている。

 

「他人に叱咤激励されているように声に出してつぶやくと、気持ちを切り替えられます。無意識につぶやくので、試合のビデオを後から見て、ここではこんなこと言っていたんだと思うこともあります」

 

自己暗示ともいえるこのセルフトークは、口に出すことにより、自身を客観的に認知できるため、スポーツ以外の分野でもメンタルトレーニングの一種として効果があるとされている。「なりたい自分」をつくりあげて目指すべき目標を設定し、それに向かってパフォーマンスを高めていくことができる。もう一人の自分を客観視し、一呼吸置くことがリラックスにつながるのだ。客観的に自己を鼓舞できることが、彼女の強さにつながっているのかもしれない。対戦相手だけでなく、自身をも「操って」いるのだ。

ピンチのときこそ浮かぶ笑み

 

アスリートなら誰しも、挫折やつらさを味わったことがあるだろう。しかし、凱旋直後のテニスプレーヤーは、どんな困難も「テニスの楽しさ」に変えてしまうようだ。

 

技術面で足りない部分があれば、新しい技術を会得する。強い選手が立ちはだかるならば、相手の穴を探し打ち破る。一般に「壁」と呼ばれる出来事も、彼女にとっては道を阻む障害物ではなく、テニスをさらにおもしろくする要素なのかもしれない。普通ならば最も焦るであろうピンチも、彼女にとっては最高に「楽しい」瞬間だ。

2014年5月に世界ランキング1位になって、追われる立場になっても、楽しさを追究する姿勢は変わらない。ただ、全米オープン直前にテニスの楽しさが見えなくなることもあったという。楽しいはずのテニスが楽しくない。これまでほとんど抱いたことのない感情に、上地はとまどった。体調を崩し準備が充分でなかったこと、世界ランキング1位という成績に無意識にプレッシャーがかかっていたこと、大会へコーチの帯同がなかったことなど、小さな不安が重なり、心の奥底にたまっていたのかもしれない。

 

どうすればもっとよいプレーができるか手探り状態の中ではあったが、全米オープンでのシングルスの試合が始まった。好敵手と戦う中で刺激を受けた。一球一球に意味を込め、「楽しい」ゲームを組み立てることができた。テニスの楽しさを思い出せた。

 

「テニスってなんて楽しいんだろう!と再確認でき、ひとつ山を乗り越えることができたと感じます」

 

試合中の上地は、笑顔を絶やさない。うまくゲームをコントロールできず、相手のゲームにもち込まれても、素直に「うまいな」と相手を褒める言葉を口にする。これもセルフトークの一種で「楽しさ」のトリガーとなっているに違いない。好敵手と出会い、いいゲームができることに楽しさを感じ、どうひっくり返そうか、新しくゲームを組み立てていく。

 

「ポイントをとられて悔しい思いもあるのですが、相手の選手を尊敬すると同時に、次はこのショットよりもさらによいショットで返したい、という思いも生まれます。競り合いのシーソーゲームになったときなんてたまらなく楽しいです。試合を楽しむことは、メンタルを保てる理由でもあると思います」

会場にいる人すべてを裏切る試合を

 

世界ランク1位となった今でも、バックハンドやスライス、ボレー、ドロップショットなど、一つひとつのプレーに関しても、他の選手に学ぶべき技術がまだまだたくさんある。

 

「実はサーブやスマッシュなど、決め技と言われる特技をもっていないんです。しいて言えば多様なプレーができ、相手に合わせて自由に戦術を組み立てられることが私の武器ですね。ほかの選手の高い技術や能力を吸収し、どんなショットを打ってくるかわからない、試合相手や観客の予想をよい意味で裏切るプレーヤーになりたいです」

 

テニスを始めた頃は、姉と一緒にテニスができればそれでよかった。大会に出ることすら考えていなかった少女が、練習日を増やし、大会に出て、ついに世界の頂点に立った。

 

「楽しさが私の一番の原動力なのかもしれません。私にとっては試合を楽しんだり、戦術がうまく決まり、自分が満足する試合ができることが重要で、勝利はその先にあるものだと思っています」

 

狙い通りにポイントを決めて、観客から拍手や歓声を受けるのが大好きだと語りながら、試合中と同じく、笑顔を見せる上地。次の大会、そして2016年リオデジャネイロ、2020年東京パラリンピックに向けて進み続ける。新たな戦術と楽しさの追求が、彼女をさらなる高みへと導くだろう。

上地結衣
車いすテニス選手
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