「楽しさ」でコートを支配する 上地結衣(車いすテニス選手)
2014年5月に車いすテニスの世界ランキング1位の座に着いた。続く大会でもシングルス全勝、9月にはダブルスでの年間グランドスラム達成の成績を残した。2014年は、上地結衣が車いすテニス選手として大躍進を遂げた年だといえるだろう。彼女の武器は、緩急のある戦術と折れないメンタル。コート上のすべてを「操る」プレーは、どのようにつくられているのだろうか。
9月7日、ニューヨークで行われたテニスの全米オープン車いすの部、シングルス決勝。オランダの選手を下し、勝負を制したのは、日本人の上地結衣選手だった。
彼女は生まれつき脊椎に障がいを抱え、両足に麻痺があり左足の運動能力が低く、車いす生活を余儀なくされた。そんな中、11歳の彼女が出合ったのはテニスという競技。個人の力でどこまでも上っていける車いすテニスは、負けず嫌いの彼女にぴったりの競技だった。
彼女がテニスを始めたとき、神戸の車いすテニスクラブに通う子どもは上地ひとり。大人の男性と組んで練習することがほとんどだった。力強い男子との練習を積んだおかげで、速い球の処理やラリーの応酬が得意になった。練習を重ねるごとに、少女はめきめきと腕を上げていく。テニスが楽しくて楽しくてしょうがなかった。そして2012年、18歳のとき、彼女はロンドンパラリンピックへの切符を手にすることになる。
初めて専属のコーチとなった千川理光氏との出会いは、上地のテニス観を変えた。考えるよりも先に身体を動かす感覚型のテニスと、コーチに学んだ相手を自分のペースに誘いこむ戦術型のテニスを融合させたのだ。スピン回転をかけた高めの球を打ち、相手に高い位置で打たせるよう導いた上で、自身はネットに寄り速攻のリターンで決めるスタイルを確立。速い展開で攻める場面も、スピンをかけてじっくり戦う場面もどちらもつくれるようになり戦略の幅が広がった。上地はさらなる強さを手に入れた。ロンドンパラリンピックや各種世界大会を経て経験を積み、2014年5月、ついに彼女は世界ランク1位の座に輝く。
相手を「操る」ゲームメイク
どんなスポーツでも、相手の動きを予測し、その裏をかくことは重要だ。車いすテニスでも同じく、数手先まで読んだ一瞬の駆け引きが繰り広げられている。ゲームが単調にならないことを意識し、常に計算しながらラリーをつないでいくのだ。しかし、上地はさらにその先を行く。相手のフォームや打つタイミングから球がどんな軌道を描くか予測するだけではなく、相手のリターンコースをコントロールし、対戦相手を自分のテニスに呑み込む試合を展開する。ゲームの展開を「予測する力」というより、「操る力」と言ったほうが近いかもしれない。相手のコートに送り込むボールには、軌道や回転数、スピードなどのさまざまな情報が込められている。情報が多ければ多いほど、相手のショットを自分が狙った位置に引きこんだり、アウトを誘ったりすることができるのだ。
相手のショットをコントロールするためには、相手選手の分析が重要となる。ショットの高さやくせ、スピードなど微細な特徴を集めなければ優位に立つことはできない。競技人口の少ない障がい者スポーツでは、世界大会に出場する選手は特に毎大会顔ぶれが似てくる。そのため、過去の対戦経験や試合のビデオ、戦績からデータを得やすい一方、自身のデータも相手に取られているため、お互いの腹の探り合いが激しくなる。
上地の場合、コーチたちの分析だけでなく、自分自身でも相手選手を分析している。相手が最もやりやすい状況、つまり絶対にもちこんではならないのはどんな場面か、今までの経験や過去の大会データを元にシミュレートし、ノートに連ねていく。相手に有利なパターンになるとしたらどんな展開が考えられるか、そうならないためにはどう立ち回り、どのように自分のペースにもって行けばよいのか......。考え得るパターンを選手ごとにすべてノートに書きだして、イメージトレーニングを繰り返す。ほかにも、サーブを左右どちらに打つかの確率など、数値的なデータも頭に入れておく。
しかし、試合当日コートに出たら、戦術の材料になるのはデータだけではない。自分の感覚を研ぎ澄まして突き進むのが上地結衣という選手だ。
「自分の調子がよければチャンスに喰らいついていきますし、よくないときには態勢を整えながら次の攻めに転じられるよう、つないでいく。自分はもちろん、相手選手の調子はコートに立たないとわからない部分が大きいです。いくら自分の調子がよくても、相手がそれ以上によければ、立ち回り方が変わってきますよね。1ゲーム、1セットの中でも流れはめまぐるしく変わります。小さなことでも流れが変わることもあるので、どんな変化も見逃さないようにしています。例えば、ショットの回転が甘かったり、車いすの切り返しが鈍っていたり、そのような相手の崩れを見逃さず、攻め入ることができれば、ゲームをひっくり返すのは難しくありません」
自身と相手選手の調子を肌で感じ、それに合わせてゲームを展開する。それはダブルスでも同じだ。
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