2014年9月号

未来の学び産業

世界の一流エンジニアが集結 教育で世界変えるカーンアカデミー

五味明子(ITジャーナリスト)

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世界で最も優秀なエンジニアたちが教育分野に集結。米国では、インド人青年が立ち上げたカーン・アカデミーをはじめ、多くの企業・組織が、「世界の教育を変える」という夢の実現に向けて動き始めている。

ビル・ゲイツ(左)とカーン・アカデミーの創業者、サルマン・カーン(右)。カーン・アカデミーには、ビル・ゲイツやGoogleなどが出資している Photo by jurvetson

世界中の誰もが、どこからでも学びたいものを学べるようにする、それも無料で――ひと昔前なら慈善家の独り言として片付けられそうな無謀な夢が、いまや世界の教育のあり方を根本から変えるシステムになろうとしている。

その先鞭を付けたのが、米国シリコンバレーに本拠を置くカーン・アカデミー(Khan Academy)だ。2006年、インド人青年のサルマン・カーン(Salman Khan)によって創立された非営利団体組織で、かのビル・ゲイツやGoogleなどがこぞって出資していることでも知られている。NASAのような国家機関とのコラボレーションも多い。

カーン・アカデミーには3000本以上の教育ビデオが登録されており、初等教育から大学レベルの講義まで内容も幅広い Photo by syvwlch

YouTubeへの投稿で大反響を呼んだことが契機

カーン・アカデミーが基盤にしているインフラは、もちろんインターネットである。もともと、サイマル・カーンがMIT時代に幼い従妹のためにつくった学習用のビデオが事業の発端であり、彼はその後、いくつも優れた教育用ビデオを作成してはネットに無料でアップを続けた。特にYouTubeにアップしたビデオは瞬く間に世界中に拡散し、大反響を呼ぶことになる。あまりの人気の高さにカーンは当時の職を辞め、多額の出資金を集めてオンライン教育のNPOを創立することを決意する。

だが集まったのは出資金だけではなかった。シリコンバレーという土地は、世界で最も優秀なエンジニアたちが集う場所でもある。そして中にはサラリーの額や与えられる肩書では動かない、“何か最高に面白いこと”を求めて仕事を探しているスーパーエンジニアが少なくない。カーンはそうした扱いの難しいエンジニアたちに「我々は世界を変えることができるかもしれない」というきわめて魅力的な誘いをかけ、リクルーティングしていった。結果、カーン・アカデミーは世界トップレベルのエンジニアを最も多く抱えるNPOとなったのである。

オープンソースの天才も入社

スーパーエンジニアとして知られるジョン・レッシグも、カーンの信条に魅せられた一人

例えば現在カーン・アカデミーでリードデベロッパを務めるベン・カメンズ(Ben Kamens)は、もともとFog Creek Softwareのバイスプレジデントだったが、「肩書ばかりを並べて満足する人生よりも、自分が関わったプロダクトを並べる人生のほうがいい」とカーン・アカデミーに移った一人だ。現在、カメンズはアカデミーにおける数多くのコース・プログラム開発を指揮しており、最近ではハッカソンの開催なども手がけている。

また、「jQuery」という有名なJavaScriptフレームワークの開発者でもあるジョン・レッシグ(John Resig)もカーンの信条に魅せられた一人だ。オープンソースの世界で数多くの実績を残したレッシグであれば、シリコンバレーどころか世界中のIT企業から諸手を上げて迎えられる人材である。にもかかわらず、彼はカーンとともに働くことを選んだ。アカデミーでは現在、開発ツールのビルディングやコンピュータサイエンスのカリキュラム・デザインを担当している。

いまや世界中の子供たちや若者たちが、レッシグのような最高レベルの開発者からプログラミングの極意を直接、しかも無料で教わることができる時代になったのだ。カーンの言う「教育で世界を変える」という言葉が、いかに真実味を持って実現しつつあるかがわかる。

Google副社長も参入

オンライン学習サービス「Udacity」を設立したGoogle副社長、セバスチャン・スラン Photo by syvwlch

現在、オンライン教育はEdTechという言葉で呼ばれることが増え、多くのEdTechベンチャーが起業に踏み切っている。そうしたスタートアップにとって、カーン・アカデミーは意識せざるを得ない巨大なマイルストーンだといえる。優秀なエンジニアと豊富な資金源、圧倒的な実績と知名度、そして若き創業者の「世界を変える」という強い熱意、これらのコンポーネントが揃った組織はそれほど多くない。

だがカーン・アカデミーに並ぶとはいかないまでも、そうした可能性を持つEdTechも徐々に登場し始めている。その中でもひときわ異彩を放っているのがUdacity(ユーダシティ)だ。Google副社長のセバスチャン・スラン(Sebastian Thrun)らが設立した同社は、「教育はもはや人生のワンタイムイベントではなく、一生涯を通じてかかわるエクスペリエンス」という主旨のもと、生涯を通じた教育コースに注力している。

日本でもリクルートホールディングスと提携しており、Udacityのコンテンツを一部ではあるが日本語で視聴することが可能だ。

カーン・アカデミーは英語をはじめとする欧米系言語でのプログラムがほとんどなので、Udacityのように各国のローカル企業との提携を深めて、その国の言葉によるプログラムを提供していくというスタイルは、確かにビジネスの差別化を図る上では効果的かもしれない。

今後もEdTechの世界はカーン・アカデミーを中心にしながら、多くの新しいトレンドが生まれることは間違いない。そしてそのトレンドを支えるのは最新のITだ。カーンが成功に至ったのはYouTubeという技術を抜きには語れない。

今ならEdTech関係者であればコードリーディングのための「GitHub」や情報共有のためのソーシャルネットワークなどを使いこなしていなければ話にならないだろう。

そして新しいテクノロジーは、今この瞬間にも次々と生み出されている。コンテンツの質や量の充実を図るとともに、最新のITの活用に成功した組織が、これからのEdTech業界を新しく塗り替えていくことは間違いない。

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