2014年9月号

未来の学び産業

クリステンセンから読み解く「教育の破壊的イノベーション」

根来龍之(早稲田大学ビジネススクール教授)

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クリステンセンは、2008年の著書『教育×破壊的イノベーション』において、ITの発展が、教育に変革をもたらす未来を描いた。そこには、現在の教育環境を見るうえで、示唆に富む内容が多く含まれている。

クリステンセンは、自身の理論を教育分野にも応用。変革への道筋を示した Photo by betsyweber

ハーバード・ビジネススクールの教授、クレイトン・クリステンセンは、2008年に刊行された著書『教育×破壊的イノベーション』でITの進化によって教育現場にも破壊的イノベーションが起きると予言しました。

今、タブレットの普及や大学の講義をインターネット上で無料公開する「MOOC(ムーク)」の台頭によって、その予言が現実のものとなりつつあります。クリステンセンの眼力の確かさを感じずにはいられません。

破壊的イノベーションとは?

クリステンセンによると、破壊的イノベーションとは「(既存企業の)現在の顧客が必要としていないイノベーション」です。既存のリーダー企業は、間違った意思決定をするから失敗するわけではありません。リーダー企業は、顧客の声に耳を傾け、顧客が望む製品やサービスを提供しようと努力した結果、失敗してしまうのです。

破壊的イノベーションによる製品は、中心ユーザー(規模と収益の中心となるユーザー)ではなく、一部の新しいユーザーに評価されることで市場に参入します。そして、次のようなプロセスでリーダー企業の交代をもたらします(図参照)。

  1. (1) 既存の大企業は、既存の中心ユーザーの要求に応え、収益性の高い持続的イノベーションを追求する。
  2.  
  3. (2)一方、当初は低性能だった破壊的イノベーションによる製品が、少しずつ改良され、やがて既存市場の中心的欲求も満たすようになっていく。
  4.  
  5. (3) 持続的イノベーションによる製品性能が過剰性能になってしまい、一方では破壊的イノベーションの製品で消費者が満足できるようになると、一気にリーダー企業の交代が起きる。
  6. クリステンセンは、破壊的イノベーションには、「ローエンド型破壊」と「新市場型破壊」の2種類があると言っています。

    ローエンド型が既存市場の「低価格・低機能」の市場から出発するのに対して、新市場型は、最初は「無消費」、つまり多くの人が使っていない=消費者がいない市場を創造することから始まります。そのため、新市場型破壊は既存製品にとって大きな脅威があるとはなかなか意識されません。

    ITが「教育の個別化」を実現

    クリステンセンは教育分野も同様に、教師や教育に関係する団体(政府、組合など)が真面目に改善に取り組んでいるがゆえに、根本的な改革が阻害されていると考えます。

    クリステンセンの理論を教育に当てはめると、次のようになります。

    1. (1) 教育の手法改良は、生徒や保護者の要求(ニーズ)の上昇よりも速いペースで進む。
    2.  
    3. (2) 教育の手法改良として、「すべての生徒に対して一つの教授方式を用いる」ことを前提にした「持続的イノベーション」と、「一人ひとりの生徒が異なる学び方をする」ことを前提にする「破壊的イノベーション」がある。
    4.  
    5. (3) 後者(教育の個別化)を前提とした製品・サービスとしてコンピュータを利用した教育方式があり、最初のうちは、既存の教育ニーズを十分満たすことができない。
    6.  
    7. (4) 既存の関係者(政府、教師など)の多くは、既存の「すべての生徒に対して一つの教授方式を用いる」教育手法の改善を優先し、その一部としてしかコンピュータによる教育をとり入れようとしない。
    8.  
    9. (5) しかし、本来、コンピュータを利用した教育方式の潜在的力は、もっと大きなものである。
    10.  
    11. (6) コンピュータを利用した教育方式が、その力を発揮するためには、それを「一人ひとりが異なるプロセスで学ぶ」という「無消費」(既存の教育サービスを享受できていないユーザー層)の領域で、まずは活用する必要がある。
    12.  
    13. (7) そのためには新しい教育システムは、既存の教育システムから分離して導入を進めるべきである。
    14.  

    今、教育分野の破壊的イノベーション、つまり「コンピュータを利用した一人ひとりに合った最適な教育の提供」が実現しつつあります。すでに、タブレットを活用してインタラクティブに学びながら、子供の能力に応じて問題を配信し、自動採点することもできます。それは、既存の教室や紙の教科書を置き換えるだけではありません。例えば理科の実験でコンピュータのシミュレーションを活用すれば、従来はコストが高かったり、危険だからという理由でできなかった実験を体験することができます。それは、新たなニーズに応えることができるのです。

    変革は「中心」の外側で始まる

    学校教育の分野は高度に統制されており、一見すると「無消費」の領域が存在しないように見えます。しかし、コンピュータを利用した学習が効果的な分野はたくさんあります。クリステンセンは、教員不足で幅広い教育サービスが提供できない農村部の学校、再履修の生徒に対する補習のニーズ、ホームスクール(自宅学習)、個別指導、就学前教育などを「無消費」の例として挙げています。

    当初、破壊的市場の規模は小さなものです。破壊的イノベーションは既存技術に正面から対決し、それを打ち破っていくわけではありません。教育市場における破壊的イノベーションも、公教育の中心とは別の世界から始まります。教育分野の変革に挑む企業にとっては、高い技術力よりも、「無消費」の領域を見つけ出すことが重要になります。それは、やがて中心市場へと広がっていくのです。

    そしてクリステンセンは、ユーザー生成コンテンツの制作を支援するソフトウェア・プラットフォームの可能性を示しています。将来的には、子供たちが自分たちで教え合うためのツールをつくったり、親や教師が自分たちの子供に最適な学習ツールを開発できるような環境が実現すると言っています。

    クリステンセンの理論の根底には、人間性への深い理解があります。『イノベーション・オブ・ライフ』という著書もありますが、それは経営書というよりも生き方や哲学を説いた本になっています。私は、そうしたクリステンセンの姿勢に魅力を感じます。

    根来龍之(ねごろ・たつゆき)
    早稲田大学ビジネススクール教授
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