2014年7月号

現代日本のイノベーター

「変わらぬ信頼」は変革の証

嶋田淑之(自由が丘産能短大・教員、文筆家)

0
​ ​ ​

都内定期観光の老舗であると共に、日本を代表する観光バス会社「はとバス」。時代を超えて「変わることのない上質なサービス」を提供する同社は、国内市場縮小など急速に進む環境変化の下、今どのような取り組みをしているのか? 金子正一郎社長に話を聞いた。

「いつも変わらない」安心感
それは“絶えざる変革”の証

日本人客には、今もなお、東京スカイツリーを絡めたコースが大人気だ

世の中には、「いつ行っても、変わることのない上質な商品やサービスを提供してくれるお店や会社」が存在する。人々は、そこに安定や安心を感じ、信頼を寄せる。

では、実際に、そうした店や会社が、時代を超えて変わっていないのかと言えば、その答えは、もちろんNOだ。人びとの価値観や嗜好が、非連続・現状否定型でどんどん移り変わってゆくことは言うを俟たない。それにも拘わらず、「いつも変わらぬ上質な商品やサービス」を感じさせてくれるというのは、結局、その店・会社自身も、環境変化に即応して、非連続・現状否定型で変わり続けているということだ。

ただ、その変わり方が、「不変」の対象をしっかりと貫徹しつつ、「革新」の対象に関しても、短期間での急激な変化ではなく、長期変動を見据えた漸進的変化を志向しているために、それが結果として、顧客層に「変わらない」安心感を醸成することになる。

観光バス業界において、日本を代表する存在と言って過言ではない「はとバス」など、その典型例であろう。

創業以来の“おもてなし精神”は若いバスガイドにも継承されている

時代は移り変わっても、東京の「定番スポット」をしっかりと押さえてくれるし、よく知っている名所でも今までになかった視点から新しい光を当ててくれる。いつ乗っても満足感を味わえる安定感・安心感―それが顧客層から見たはとバスの魅力だ。

近年は、従来のシニア層だけではなく、若いカップルや女性たちに使われるなど、顧客層にも広がりが出ているという。

1948年創業で、現在、資本金4億5千万円、従業員数978人、売上は154億円。「都内定期観光バス」、「企画旅行」(地方への日帰りor宿泊)などの観光バス事業を中核にして、ホテル事業(銀座キャピタルホテル)、路線バス受託事業などを展開している。

現社長の金子正一郎さん(62)が、東京都交通局長を退任してはとバスの社長に就任したのは、2011年9月のこと。

しかし、そんな同社にも苦難の時期があった。(図1)をご覧頂きたい。事業の柱「都内定期観光バス」の利用人数の経年推移である。バブル崩壊年に当たる1991年の94万人をピークに、以後10年間、急激に減少し続けている。

バブル崩壊は、日本の社会・経済に対して、かつてない環境変化をもたらしたが、当時の同社の経営は硬直化し、本来得意としていたはずの「環境の長期変動を見据えた漸進的な経営革新」をなし得なかったのである。

「借入金は70億円にまで膨らみ、倒産寸前でした。でも、その後、全社を挙げて経営革新に取り組み、持ち直したのです。そして、“絶えざる革新”は、現在に至るまで続いています」と金子さんは語る。

それを裏付けるように、数字は右肩上がりで伸びている。特に、彼が社長に就任して以降の急速な伸びには、目を見張らされよう。

攻めの安全追求
輝きを増す「おもてなし」

金子さんが特に注力しているのは、「安全」に対する“社内の意識変革”である。それも、単に“事故を起こさない”、すなわち“マイナスを出さない”という意味での「安全」ではない。より踏み込んだ、“プラスを出す”「攻めの安全」とでも呼ぶべきものだ。

「乱暴な運転でお客様がヒヤリとしたり、車酔いしたりするなどというのは絶対にあってはなりません。そういうことがきちんと出来た上に初めて商品の魅力もついてくるのです」と語る金子さんだが、実はドライバーに対する各種施策だけではなく、全社員が常日頃そうした意識をもって行動する“組織風土作り”をしている。

「“安全”をすべてにおいて最優先の判断基準・行動基準にする」が社長就任以降、最も多く使うセンテンスであることにも、それは現われていよう。

その意図は明確である。

昭和26年、冬服姿で社内案内中のガイド

ドライバー、ガイド、コールセンター・スタッフ、営業担当、広報担当、商品企画担当などなど、どんな立場の人も、乗客はもとより社外の多様なステークホルダーから常に見られている。

「他人様の命を預かる」会社の人間として、そのことに対し、どれほど高い意識を持っているかが絶えず問われているし、実際、社員1人ひとりの日常の何気ない言動の中に、その意識はそこはかとなく現れるものである。

社外の人がそれを目にし耳にした時、「ああ、この会社の人は、そこまで考えてくれていたのか!」という胸の熱くなるような感動を味わえるならば、それは揺るぎない信頼感を醸成することになろう。

創業間もない昭和20年代。迎賓館前を走行するはとバス

もう、この時点で、自社としての「おもてなし」は始まっていると言えるし、実は、「おもてなし」の最も重要なポイントですらあるのだ。

金子さんの社長就任以降の同社の驚異的な伸びの背景には、もちろん、歴代社長の経営革新の成果が出ている面もあるだろうし、ここ2~3年、東京スカイツリー、東京ゲートブリッジなど新しい観光資源が誕生していることもあるだろう。

しかし、それ以上に、彼の想いが、社員の意識を変え、彼らの行動を通じて、その想いは世の中の人びとへと届き、同社の商品群の輝きをより強めているという面が大きいのではないだろうか?

リーダーシップの原点

2020年東京五輪に向けて新たな顧客開拓を進める、はとバスの金子正一郎代表取締役

金子さんは、1951年、東京に生まれた。父親はもともと日本橋の糸問屋の一人息子だったが、関東大震災と、太平洋戦争の空襲被害で問屋は廃業。戦後、郵便局に勤め、一家は寮に入る。「6畳1間に台所だけ、お風呂はなくトイレは共同という環境で、父方の祖母、両親、姉と私の5人で暮らしていました」

やがて父親は定年を迎え、母親が編み機の針を作る工場にパートに出て生計を支える。金子さんも高校に通いながら、家計を助けるため、その工場でアルバイトしたという。「そこで私は知ったのです。中小企業の従業員がいかに過酷な労働条件で働いているかを。“母はこういうところで日々働いていたのか、ありがたいなあ”と思いましたね」

今なお変わることのない「自分の心は常に、現場で汗を流す人々と共にある」という彼のリーダーシップの原点はここにある。

中央大学法学部進学後も、効率的に稼げる塾講師・家庭教師ではなく、あえて“ガテン系”の力仕事に励み、やがて東京都庁に入庁。

都庁時代から公用車を嫌い、現在も満員電車に揺られて往復3時間20分かけて通勤する金子さん。昼食も社員食堂で一般社員たちと定食を食べる。

そうした彼の姿勢は、「社長は大局的な判断を下す存在であり、震災や事故の際には強力なリーダーシップを発揮しなければならないが、日頃は、現場の人びとを信頼し、任せ、細かい内容についていちいち口出ししない。そしてその責任は社長である自分が負う」という形にもなって現われている。

年中細かいことにまで口出ししてくるリーダーと異なり、金子さんの「要所だけは自ら引き締める」という姿勢は、何が大事なのかということを巧まずして明確化することになり、上記の社内の意識変革を、より効果的にしている点は重要であろう。

日本と世界の人びとの
“混乗(こんじょう)”を目指す

“ピアニシモ(3)”。“貴賓席の旅”を提供する最上級バスとして本年4月にデビューした

超高齢社会の到来、人口減少による国内市場縮小という環境変化が進む中、インバウンド(=訪日外国人観光客)拡大は、日本の政府・産業界を挙げての課題であるのはもちろん、はとバスとしても戦略的重点分野である。

とりわけ、昨年、2020年東京オリンピック/パラリンピック開催が決定したことによって、インバウンド拡大への期待は一気に高まったと言ってよい。

日本語を話さない外国人観光客に向けた同社のサービスは2種類ある。

1つは、英語もしくは中国語の通訳付きの「外国語ツアー」(3分の2は英語)。

もう1つは、通訳は同乗しないものの、GPSに連動し、観光名所などに接近すると自動的に英語・中国語・韓国語・スペイン語で案内するシステム「TOMODACHI」を搭載した観光バス「オー・ソラ・ミオ」の導入・運行である。

都内定期観光バスの昨年度(2012年7月~2013年6月)利用者91万4千人の内、「外国語ツアー」参加者は4万9千人だったが、今年度(2013年7月~2014年6月)は、7万人を超える見通しであり、インバウンド拡大は順調である。

富士山五合目まで登るツアーが圧倒的な人気を誇るほか、都内では、東京スカイツリーではなく、東京タワーの人気が高い。

「この7万人を、2020年には20万人にしたいと思っています。そのために、昨年、インバウンド専門の国際事業部を立ち上げた他、弊社として、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ベトナムなどアジア各国に対して積極的なプロモーションを行っています」

これらの国々では、若いカップルやファミリー層からの引き合いが強いという。

一方、台湾・中国などからの顧客にはリピーターが多く、定番コースだけではニーズに応え切れないという人気ぶりだ。

コールセンター。はとバスでは、部門を問わず、“安全”を最優先の判断基準・行動基準とする風土が息づいている

さらには、昨年、JALと提携し、アジアだけではない、JALの世界26か所(10か国語対応)のウェブサイトから、はとバスへの予約を可能にしたことも話題になった。

今後は、多国語自動案内システム「TOMODACHI」をより多様な言語に対応できるよう改良していきたいと語る金子さんだが、実は“ある想い”を抱いているようだ。

「外国人向けのコース、日本人向けのコースはもちろんあってよいのですが、できれば、日本人が外国人向けコースに乗ったり、逆に、外国人が日本人向けのコースに乗ったり、両者が“混乗”することで、はとバスが“触れ合いの架け橋”になれば良いな...と思っているのです」

敗戦後の焼け野原の中、観光事業を通じて日本人に夢を与えたい、外国人には平和な日本を見てもらいたいという理念で創業したはとバス。それから72年の時を隔てて、2020年、東京オリンピック/パラリンピックを機に、日本人と外国人が“混乗”を通じて親しく触れ合うようになるならば、それこそ、“創業理念の真の実現”と言えるのかもしれない。

嶋田 淑之(しまだ・ひでゆき)
自由が丘産能短大・教員、文筆家
1956年福岡県生まれ。東京大学卒。大手エレクトロニクスメーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、文筆家として独立。自由が丘産能短大教員(経営学諸科目)。これまでに企業経営者など各分野のトップランナー600人を取材。単行本を7冊刊行したほか、新聞・雑誌などの連載多数。
0
​ ​ ​

バックナンバー

社風が変わる、イノベーターが育つ

地方創生・イノベーションにつながるアイデアと思考に注目!

志高い、ビジネスパーソン・行政・NPO職員・起業家が理想の事業を構想し、それを実現していくのに役立つ情報を提供する、実践的メディア。

メルマガで記事を受け取る

メルマガ会員限定で、
ピックアップしたオンライン記事を
毎日お届けします。

メルマガの設定・解除はいつでも簡単

バックナンバー検索

注目のバックナンバーはこちら


最新情報をチェック。

会員になると 最新「事業構想」が読み放題。さらに

会員の特典をもっとみる