きなこもち味や宇治抹茶味など和洋折衷、多種多彩なフレーバーで私たちを楽しませてくれるチロルチョコ。今ではコンビニの棚やレジ横ですっかりお馴染みの存在になった。しかし、三代目が社長に就任するまでは、駄菓子屋で子ども向け商品として販売されていたという。その飛躍の陰には、「三拡運動」と70年代アメリカのポップアートがあった。
売り先を変えた「三拡運動」

年間20~30の新商品を発表し、毎日10~20 種類の試作品を作っている
当社は松尾製菓として創業し、今年で110年を迎えます。創業者が菓子メーカーとしての基礎を作り、二代目がチョコレート事業を立ち上げて売り物を変えたとすると、三代目の私が行ったのは、マーケターとして売り先を変えることでした。
そのために行ったのが「三拡運動」です。「三拡運動」とは、販路・ターゲット・エリアの三つを拡大することです。具体的には、駄菓子屋だけでなくコンビニやスーパーにも商品を置いてもらうこと、大人にも親しんでもらえる商品にすること、そして全国展開することでした。北海道のセブン・イレブンでのテスト販売を皮切りに東京のコンビニでも置いてもらえるようになり、04年に営業・販売など本社機能をチロルチョコとして分社化して東京に置き、ようやく全国展開の基盤が整いました。
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