英国発テクノロジーで、日本の電力市場を拓く

東京ガスの中で電力事業を立ち上げ、現在はオクトパスエナジーの代表取締役社長を務める中村肇氏。英国発の新興電力企業オクトパスエナジーと老舗インフラ企業・東京ガスが手を組み、電力のあり方を変えようとしている。自由化、脱炭素、デジタル化の波を受けて始まったこの挑戦は、顧客一人ひとりの生活に寄り添い、地域の電力を地域で支える仕組みへと進化している。家庭向けの契約は2025年12月初頭に50万件を突破。個人から地域までをつなぐ、新しいエネルギーの形を探る。

中村肇ポートレート02
中村 肇(TGオクトパスエナジー株式会社 代表取締役社長)

挑戦の始まり

自由化が導いた英国との出会い

2016年の電力小売全面自由化は、エネルギー業界に競争と変革の波をもたらした。東京ガスもこの機に電力事業に参入。2015年から中村肇氏が陣頭指揮を執った電力販売事業の立ち上げは、「新規事業を一から形にする、社内ベンチャーそのものだった」と中村氏は語る。

次なる挑戦は、英国の新興企業オクトパスエナジーとの出会いから始まった。再生可能エネルギー普及へのビジョンと先端テクノロジーを共有する相手として、東京ガスは2019年末にオクトパスエナジーと巡り合う。2020年12月、両社は日本市場で事業を展開するための合弁会社設立で合意し、日本法人が誕生する。合意交渉時期では、奇しくも本格協議の直後に世界はコロナ禍に見舞われ、日英間の往来は不可能になった。しかし中村氏はひるまない。トップ間から担当者レベルまで一度も直接顔を合わせず、すべてオンラインで交渉と準備を進める前代未聞の挑戦に挑んだ。時差や対面不可の壁は、双方の柔軟な勤務時間と「丁寧で誠実なコミュニケーションの積み重ね」で乗り越えた。

「数百億円規模の事業提携をフルリモートで進めるのは初めてづくしでしたが、互いに『このパートナーシップで世界を変えよう』という熱意が勝りました」と中村氏は振り返る。契約交渉では文化や言語の違いによる齟齬も生じたが、「異質な者同士だからこそ手間を惜しまず話し合うプロセスに価値がある」という信念で乗り越えた。英国側の徹底的なスピード志向と権限移譲の文化、日本側の135年の歴史で培った市場知見と顧客基盤。両者がオンラインで対話を重ね、「オクトパスエナジーの企業文化を丸ごと日本に持ち込む」という共通方針のもと意思を束ねたことが、合弁成功の決め手となった。こうして2021年2月に中村氏が代表に就任し、同年11月に関東圏でサービスを開始。イギリス発のビジネスモデルを日本に定着させる新たな挑戦が幕を開けた。

技術が支える柔軟さ

Krakenの力

オクトパスエナジーの強みは、独自開発のクラウド型プラットフォーム「Kraken(以下クラーケン)」の存在だ。クラーケンは電力事業の煩雑な作業の多くを自動化し、顧客データも一元管理する。その結果、従来システムでは半年以上かかった料金変更やメニュー開発も、約1~2か月で実装できる柔軟性を備える。「非常に画期的なシステムです」と中村氏も太鼓判を押す。クラーケンは世界中のユーザーからのフィードバックを取り込み、日々進化を続ける。このスピードと柔軟性は、日本のエネルギー業界の常識を覆すものだ。

技術基盤の強さは、サービス提供の姿勢にも直結している。クラーケンによる業務効率化で生まれた余力を顧客対応に充てることが可能になった。問い合わせ対応では自動音声で待たせることなく、「エナジースペシャリスト」と呼ばれる担当者がワンストップで迅速に応じる。一人ひとりの顧客に常に同じチームが付き添うコンシェルジュ型のサポート体制は、英国本国で同社が新規参入競争を勝ち抜いた秘訣でもある。現場スタッフは直感的なシステム画面から即座に顧客情報を把握し、最適な提案を行える。テクノロジーを駆使しつつ、オクトパスエナジーはお客さまを単なる電力の「利用者」ではなく、持続可能なエネルギーの未来を共につくる“パートナー”と捉え、人の温かみを感じるサービスを実現する。このハイテクと人的対応の融合こそが、“顧客第一”を掲げるオクトパスエナジーの真骨頂である。

デジタルプラットフォーム 「Kraken」による一元管理3
デジタルプラットフォーム「Kraken」による一元管理が同社の強み

対象を限定しない

誰もが使える電気を

ユニークなのは、同社のサービスが特定の顧客セグメントに囚われない点だ。再エネ志向層や若年層に絞るでもない。誰もが「おトクで使いやすい電気」を享受できるよう、シンプルかつフェアな料金と丁寧な説明で壁を低くしている。サービス開始当初は「まずベータ版で提供し、顧客の声を反映させていく」手法を採った。最優先ニーズである「家計にやさしい電気」を打ち出し、利用体験を通じて再エネ等の付加価値も実感してもらう戦略だ。このアプローチが功を奏し、イギリスでの解約率は業界平均を大きく下回る1〜2%と極めて低い。満足した顧客の口コミが新たな顧客獲得に繋がる良循環が生まれており、「着実な成長は口コミで獲得したお客さまの満足に支えられている」と中村氏は胸を張る。

結果、サービス開始から4年で契約件数は50万件を突破したが、中村氏は現状に満足していない。「3年もあれば50万件規模に届くと期待していましたが、エネルギー価格高騰による市場逆風もあり想定より苦戦しました」と率直に語る。事実、2021~22年の燃料価格高騰で、日本では新電力から大手旧電力への契約回帰が進んだ。「もっと多くの生活者に当社の価値を届けなければ」と危機感を隠さない。現に日本には旧来の電力会社と漫然と契約し続け、「電力会社を変える」発想自体を持たない層がまだ多い。「ライフスタイルに合わせて電力会社を選び直した方が本当は得をする人が大勢いるはずだ」と中村氏は語る。だからこそ同社は価格の安さだけでなく「なぜその値段で提供できるのか」を徹底的に分かりやすく伝え、情報の透明性で信頼を勝ち取ることを重視している。旧来型の態度ではなく、常に顧客の立場に立ったオープンな対話――その積み重ねが支持を広げる原動力となっている。

地域へ広がる

鹿島アントラーズとの連携

顧客視点を突き詰めた先に、中村氏は地域社会との新たな接点も見据える。象徴的な動きが、Jリーグの鹿島アントラーズとのパートナー提携だ。2025年7月、株式会社常陽銀行の子会社である常陽グリーンエナジー株式会社とオクトパスエナジーが連携し、鹿島アントラーズの関連施設へ再生可能エネルギー供給が始まった。地域で生まれたエネルギーを地元プロクラブの活動に活用する「地産地消エネルギーモデル」の推進である。英国ではオクトパスエナジーがアーセナルFCのホームスタジアムであるエミレーツ・スタジアムに再エネ電力を供給しており、中村氏は「地域のサッカーチームがサステナビリティに取り組む例としてグローバルでも評価されている」と説明する。鹿島アントラーズや、茨城県内のグリーン電力を有効活用したい常陽グリーンエナジー側の思いが合致し、地域密着型のスキームが実現した。

この取り組みは始まりに過ぎない。今後、サポーターやパートナー企業、自治体とも連携し、地域全体で再エネの地産地消モデルを拡大する構想だ。オクトパスエナジーで国内各地の豊かな再エネ資源を地域で使い、収益も地域に還元する——その仕組みをエネルギーのプロが支援し、地方銀行や自治体と連携して育てていく。エネルギーの地産地消は、地方創生の切り札になり得る。「再エネを普及させ、人々の生活を維持していくには、地域社会とともに新しい仕組みを社会実装していくのが我々の役割だ」と中村氏は語る。電力自由化から始まった挑戦は、家庭のエネルギー体験を変え、今や地域と共に未来を創るステージへと歩みを進めている。中村氏の視線の先には、エネルギーの未来を現場から変えていく大いなる構想が広がっている。

リリース画像 _鹿島アントラーズ、オクトパスエナジー、常陽グリーンエナジーの取り組み
三社の取り組みのイメージ