2017年8月号

産後ケア事業

産後ケア事業の事例 「いわき版ネウボラ」の課題と展望

吉田 実貴人(いわき市議会議員 公認会計士・不動産鑑定士)

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福島県いわき市は、人口34万人と仙台に次ぐ東北第2位の都市にもかかわらず、産婦人科医師が14名でかつ、高齢化が進んでいる。こうした中、出産支援サービス、また産後ケア支援サービスが開始されている。その課題と展望について、現職市議会議員に寄稿していただいた。

はじめに

近年、少子高齢化そしてその対策が叫ばれて久しく、「子どもは宝」ということに対して反対できる者はいない。一方、全体的な社会環境の変化の中で、地域・社会で育てるという意味が以前と比べて変化していることも事実である。いずれにせよ、出産適齢期の女性が子どもを産みやすいと(経済的・精神的・社会的に)感じられるような環境を社会全体が作り出していくことが、子どもを増やす第一歩である。もっと具体的にいえば、第一に、産後の妊婦が持つさまざまな不安を解消していくこと。第二に、出産適齢の女性が、出産とは幸せな気持ちででき、肉体的にも精神的にも経済的にも負担が少ないと感じられること。第三に、経産婦も含めてさらに子どもを産もうとする気持ちが持てるようになること。社会全体がそういう流れになれば、少子化対策の大きな切り札になるのではないか。

いわきの産科医療の現状

いわき市は、福島県の太平洋岸南部に位置し、人口は34万人と仙台に次いで東北第2位の都市である。福島第一原子力発電所からは約40km南に位置し、東日本大震災発生直後は、緊急避難等により一時的に人口が減少したが、数ヶ月で回復し、今では原発近隣自治体からの長期避難者や原発作業員を受け入れているため、震災前よりも人口は増加している。

一方、全国的に産婦人科医師のなり手が少ない中、研修医制度の変更や、2004年には福島県浜通り地域にあった県立大野病院産科医逮捕事件が発生し、ますます県外から産婦人科医師の新規流入が少なくなった。1966年には産婦人科医師が市内に41名いたのが、2014年には14名と激減し、同時に現役医師の高齢化が進んでいる。また助産院の閉院及び産婦人科病院が出産を取り扱わなくなるのが続いており、現在では、出産を取り扱う病院が市内で6ヶ所のみとなった。それぞれの病院では出産予約でいっぱいいっぱいの現状である。

表 いわき市の産後ケア支援サービスの利用数

出典:いわき市こどもみらい部こども家庭課提供資料

いわきの出産支援サービス

産科医療の環境としては非常に厳しいいわき市だが、平成29年度から、総合的な出産・子育て支援の仕組みを「いわき版ネウボラ」と総称し、妊婦等からの相談のワンストップ窓口を設けた。それが、「母子保健コンシェルジュ」および「子育てコンシェルジュ」であり、専任の職員をそれぞれ1名ずつ計2名のペアを市内の7地区の各地区保健福祉センターに配置している(本来であれば1ヶ所に集約したいところだが、市域が1,200㎢と、東京23区合計の約2倍の面積があるので、利用者の利便性を考慮すると各地域に配置せざるをえない)。なお、コンシェルジュは保健師や看護師などの資格を有するスペシャリストである。

これにより、いわき市内で出産予定のすべての妊婦は、出産前に地区保健福祉センターで母子保健コンシェルジュ等と面談し、その上で、母子健康手帳が交付されることとなる(単なる役所への来庁のみでは交付しない)。面談の際には独自の「母子健康カード」というA3両面の大きさの台帳が作成され、家族構成や妊娠・分娩歴、今回の分娩の経過等が記録される。カードの中には、妊娠に対する感情やパートナーの感情、子育てを手伝ってくれる人や相談できる人の有無、現在不安に思っていること等のチェック項目が用意されている。コンシェルジュは、面接でヒアリングしながら妊婦の家庭状況を把握し、経済的・人間関係的・精神的に、この妊娠がハイリスクかどうかを判断できる。そして必要に応じて、市の福祉課やソーシャルワーカー等につないでいく。またこのコンシェルジュは、後述の産後ケアの情報提供やそのアドバイス等の役割も期待されている。

一方、出産までの妊産婦健康診査は妊娠中に15回、産後1ヶ月に1回が公費負担で無料である。出産後は、生後4ヶ月までの乳児のいる全ての家庭を保健師または、市が委託した助産師、保健師、看護師などが訪問し、赤ちゃんや家庭の状況を把握することとなっている。

いわき市から委託を受けて産後ケア機能(宿泊・訪問・通所)を持つ民間授産院。和室が妊婦の休養室となっていて、赤ちゃんと添い寝もできるし、隣室で預かってもらうこともできる。

いわき市の
産後ケア支援サービス

産後ケアとは、母子が出産で退院後に、再度宿泊(もしくは日帰り)して休息し、助産師指導を受けられる制度である。利用者として想定されているのは、体調や授乳への不安を抱え、身近な方の子育てサポートが得られない家庭だ。いわき市では、産後ケアの類型として、大きく分けて①宿泊型、②訪問型(アウトリーチ)、③通所型(デイケア)の3種類が、いずれも民間の助産院に委託する形で実施されている(平成28年度までは福島県事業、平成29年度からはいわき市事業)。①宿泊型の利用者は1日3000円の自己負担で1泊3食付で7日程度まで、施設内に宿泊利用できる。②訪問型の利用者は、1回500円の自己負担で、助産師の訪問を受け、相談・沐浴・乳房ケアを3回利用できる。③通所型の利用者は、1日1500円の自己負担で、通所で助産師と相談や休憩、指導等のサービスを5回程度利用できる。なお、①②③それぞれのサービスは併用可能であり、利用自己負担額と実際のコストとの差額は、いわき市(福島県)が負担している。

ケアの内容としては、健康状態のチェックや授乳・沐浴についての指導等であるが、何といっても母親が個室で完全休息できることが一番のメリットであろう。世の中には、おじいちゃんおばあちゃんがいない、夫は仕事で帰ってこない。誰にも相談できず、夜も授乳でろくろく眠れず、疲れ果てている母親が、世の中にはたくさん存在している。そんな母親が、たった半日、数日であっても、赤ちゃんをプロに任せて、完全に安心してベッドでぐっすり眠れるというだけでも、この産後ケアの制度を利用する意味があるのではないか。また、宿泊型や通所型に設置されている沐浴施設は、(家庭の風呂とは違って)専門の設備なので、使いやすくまた安全である。産後ケアの役割は、まわりのサポートを得られない母親の疲弊に対する休息という最大の課題解決を提供していて、直接役立つ支援といえよう。

しかしながら、これだけ手厚い支援サービスが用意されているにもかかわらず、産後ケア支援サービス事業の大きな課題は、当初想定したほどの利用者実績ににほど遠いことである。88ページの表は、市内の直近3年間の産後ケア支援サービスの利用者実績数を表しているが、市内の年間出産件数が、約2500件程度であることを考慮すると、出産件数に対する産後ケア利用割合はわずか数%に留まり、圧倒的に少ないのである。

いわき市内では、そもそも支援を必要としていない、問題のない出産・家庭環境ばかりなのだろうか。いやいや、一世帯あたりの所得水準は全国平均を下回っているし、望まない妊娠件数も多いといわれている。私は、産後ケアサービスが利用されていない要因は、以下の通りと分析している。

・ 産後ケアの支援サービスの認知度が低い
(市では広報誌を全戸配布し周知に努力しているが、若年層に届いていない)

・ 支援サービスの制度が複雑で、理解 できない(頻繁な制度変更、役所言葉)

・ 支援サービスの申請用紙を書けない、書くことが煩雑である(情報弱者)

・ 出産に関して、身銭を切って外部サービスを受けるという感覚がない

・ 何でも一人で抱え込みがちな、女性の特性 等

これを改善していくには、前述の出産・子育てのワンストップサービスの起点となる母子保健コンシェルジュ、子育てコンシェルジュの積極的な活動がキーとなるのではないか。茨城県牛久市でも同様の取り組みをおこなっており、コンシェルジュに相当する方(複数)は、市内で今年出産したすべての妊婦の顔と名前が一致するとおっしゃっていたのが印象的であった。そのように妊婦と濃い関係性を有している彼女らが、適切なタイミングで、適切な情報を提供し、適切な人につないであげることで、産後ケアサービスを必要としている妊婦に利用され、スムーズな出産につながるのではないか。

牛久市産後ケアセンター「いろは」@つくばセントラル病院
病院の空きベッドを転用して、産後ケアセンター(宿泊型)に改装したもの。この部屋で医療行為は行わないが、同じフロアに医療施設・医師がいることから、いつでも医療にアクセスできるという安心感がある。

おわりに

これまで、国・県・市を上げて出産支援の制度を作ってきたが、必ずしも利用実績につながっていない。その要因は、必ずしも利用者目線で制度が作られていないことにあるのではないか。通常の役所サービスであれば、自ら情報を集め、適時に、適切な様式で書類を申請する申請主義で良いのかもしれないが、妊婦は必ずしもこれにあたらない。「神は細部に宿る」という言葉があるが、虫の視点で細かく、各利用者がどのように行動するかまで考えた上で、鳥の視点で広く見渡したうえで、産後ケア制度を構築していくべきであろう。

また、いわき市のように家庭の所得水準が全国平均を下回っているような地域では、産後ケアの自己負担額すら負担できず、贅沢なものと位置付けてしまい、我慢してしまうために、産後ケアが普及しないということもある。「産後ケア事業の自己負担への保健事業による補助」について、所管の部局に確認をしたところ、市町村国保・国保組合においても健保組合の場合と同様、保険者判断で実施可能とのことであった。経済的負担がなく安心して産後ケアを受けることができる仕組みを考察していくことで、産後ケアは普及し出産支援につながっていくものと考えられる。

吉田 実貴人(よしだ・みきと)
いわき市議会議員 公認会計士・不動産鑑定士
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