人は皆、自身の「山」を登る冒険家 登山家・栗城史多

栗城史多の山への挑戦は、インターネットを通じて世界中に配信されている。美しい成功譚だけではなく、過酷な登山に苦しむ姿や負傷した姿など、つらい現実もすべて見せる。それは、彼の挑戦をリアルタイムに感じてほしいからだ。懸命に前に進む栗城の姿は、壁にぶつかり立ち止まった人々に勇気を分ける。自分の挑戦が、誰かが新たな“山”に挑むきっかけになるといい、と彼は笑う。
文・小島 沙穂 Playce

 

登山家という人々は、経営者と実に似ている。まず目標となる“山”を定め、それにどのように向かっていくか、戦略を立てる。そして、装備を整え、スタッフを集め、準備期間を経て、目標に向かって一歩一歩進んでいく。突如、社会情勢が変化し、進行中の案件から撤退せざるを得なくなることは、天候が悪くなって急遽下山しなければならなくなってしまう状況に似ている。また、ある判断の良しあしが生死を分かつという点でも近しいものがあるだろう。登山でいえば天候、経営でいえば社会情勢の変化を敏感に察知し、一瞬一瞬でどのように行動すべきか判断しなくてはならない。

「成功よりも失敗が多いという点でも、登山家と経営者は似ています。成功=立派なのではなく、その人がどんなチャレンジをしたか、という点が最も重要なのではないでしょうか」

登山家 栗城史多もまた、失敗を恐れずに挑戦し続ける男である。

エベレストに4度失敗した男がその先に見出すもの

2012年秋。世界最高峰の山、秋季エベレストへの4度目の挑戦は、西稜から挑むルート。標高8,000mを越え、頂上まであとわずかという時、彼は吹雪に襲われる。前に進みたい想いは強い。しかし、このまま進めば死ぬだろう。これまで数々の山に挑んできた経験がそう告げる。長年の夢だった「エベレスト登頂」を果たして死ぬか、敗者のレッテルを貼られると知りつつここで引き返すか、選択肢はふたつ。栗城は迷った。

彼の判断は、失敗してでも生きて帰ることだった。なんとかキャンプ地にたどり着くも両手の指と鼻の凍傷は深刻で、日を追うごとに黒く変色していった。帰国後、手の指9本の第二関節から先を手術で切り落とさなければならなかった。

4度目の失敗をした栗城を、各種メディアやインターネット上で批判する声も少なくなかった。しかし、彼はその後も山に登り続ける道を選んだ。

自分の弱さを知った人間は強い

復帰のためのトレーニングを始める際、意外なところで躓いてしまった。自分の靴ひもすら結べないのである。「ああ、今後登山を続けるのは難しいかもな、と思いましたね。でも、国内の山で復帰のためのトレーニングを支えてくれた僕の先輩が『大きな事故の後に良い山登りができるよ』と言ってくれたんです」

とまどう栗城に「山を見るのではなくて自分自身を見ろ。事故の経験を糧にして、自分をコントロールできるようにならないと」と彼は続けた。

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