2014年6月号

営業の真髄

得意先の一言がプロデュースの基

神保智一(ピーアールビジョン取締役社長)

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何気ない一言を実現することが、これまでにない企画を生み出すことがあり、営業としての小さな気配りが、得意先と強固な関係を築くきっかけとなる。花王の元会長・佐川幸三郎氏の一言から始まった「朝の詩」は15年続く超長寿番組となった。

花王のタイ工場にて(左から2番目が佐川幸三郎氏、一番右が筆者)

花王のトップにマーケティング実践を学ぶ

足掛け9年間担当した得意先「花王」さんには数々の思い出があるが今回はただ一人の人物に焦点を合わせて書いてみたい。

今、手元に一冊の本がある。タイトルは「偲」、脇にサブタイトルで「佐川幸三郎追悼録」とある。実は、私はこの方から本当にたくさんのことを学んだ。

佐川さんと言うのは花王株式会社で代表取締役会長まで累進されたビッグであるが、私の知る限りおおよそ、その様な肩書きと違和感のある、言わば庶民的なお人柄であった。この追悼録にはたくさんの方々が寄稿されているが私もその中の一人。

頁を繰って見ると私のタイトルが見える。「忘れ得ぬ人」。文中、忘れ得ぬ理由が二つ書いてある。一つは発想が異質だったこと。今一つはお人柄について触れていて「(僭越ながら)真に愛すべきお人柄であった。剛直であるが、ロマンチストであり、シャイで負けず嫌いで、そして優しかった」とある。今、思い出してもその通りの方で誠に魅力的であった。私とは随分年齢差もあったが「神保ちゃん、神保ちゃん」と可愛がって頂いた。

佐川さんは京都帝大を出られた科学者であるが、花王の前身である「日本有機株式会社」に入社され、その後海軍の予備学生となり、更に進んで軍令部の参謀となった。軍令部の参謀と言うのは、職業軍人の中でもエリート中のエリートで、民間出身でこの組織に属する人は極めて稀であろう。思うに余程優秀であったに相違ない。

マレーシアにて得意先とお店訪問し、フィールドマーケティングを行った

さて、同氏についての思い出であるがまずはCM論。「CMと言うのは、商品が自分で声を出せないのでその代わりに我々が言ってやることなのだ。だから余程考えて、考え抜いて表現しなければいけない」。今でも声が聞こえて来るような気がする。

それから、フィールドマーケティングにとても熱心で地方に出張した時など必ずその地のスーパーマーケットを訪れ、女性客がどのような購買行動を取るかや目線がどう移るか等観察しておられる。企業のトップの行動としては極めて異例で、いつも頭の下がる思いがしていた。従って部下の方が多少いい加減なことを言うとすぐに看破される。

ある時、東南アジアの出張にご一緒したことがある。ある国に着くとまずは朝礼、そして現地のセールスマンとペアを組んでお店訪問、無論、我々も同じ行動を要求される。佐川さんの口癖は「早くしろ、早くしろ!」。そして夕方、会社へ帰って反省会。どこのお店がよく売れていたか、陳列はどうだったか問題は何か等を発表し合う。言うまでもなく、佐川さんも真っ先掛けて出陣。

後年著された本のタイトルが『新しいマーケティングの実際』。これは名著である。ご自分でやって来られたマーケティング及びその理論であるから頗るリアリティーがある。私も大学で講義をしていた時、よく引用させて頂いた。

さて、その佐川さんであるがある時、雑談のなかでポツリと漏らされた一言が超長寿なテレビ番組に繋がって行く。

15年に及ぶ超長寿番組
「花王朝の詩」を開発

テレビ局には年2回の繁忙期がある。4月と10月で改変期と呼ばれる。この時期は一斉に番組の編成を見直して他局に負けないような構成を心掛ける。当然、スポンサーにとってもまた広告会社にとっても大変重要な時期である。

1979年3月5日に始まり1994年まで続いた超長寿番組に「花王 朝の詩(ポエム)」という名物番組があった。実はこの番組は前述のように佐川さんの呟きは因となって開発されたと言っても差し支えない。

1978年の11月頃かと記憶しているが、私の上司である菅家局長と佐川さんと私の3人で雑談をしていた。佐川さん「僕はNHKの“名曲アルバム”という番組が好きでね、よく見ている。アレは良い。見ていると清清する。民放でも作ってくれたらと思うが難しいだろうね?」。この一言が15年の長きに渉るTV番組の開発に繋がった。

会社に戻った私と局長は「そういえば今日、佐川さんが面白いことを言ってたな。名曲アルバムか」。

そこから我々の研究が始まった。もう一人の強力なブレインがメディア担当部長の西尾さん。番組の受け皿として提案してくれたのが翌年新しく始まる予定のNTV、朝7時台の新番組「ズームイン!!朝!」。この時間帯は当時NTVがやや苦戦していた所で翌年、抜本的にテコ入れをしようとしていた。

『新しいマーケティングの実際』(プレジデント社、1992年)
花王の会長を務めた佐川幸三郎氏の著書

さて、NTVと折衝してみると新番組の制作が大変でとても「名曲アルバム」的番組を作る余裕は無いとのこと。そこで3人では鳩首協議。「なら、こちらで作って持ち込むか?」

そこで起用したのがNHKのOB児玉さん、そしてもう一人番組作りのプロ羽佐間さん(声優、ムーブマン代表)。そして色々考えた末、日本で最初の詩をコアとした番組「花王 朝の詩(ポエム)」を開発した。

朝の月曜日から金曜日のベルト番組で色々な人が登場して詩を朗読する。当初は若干、周りの番組と違和感があったが段々慣れてくると逆にユニークな印象となり独特な雰囲気を醸しだした。

「ズームイン!!朝!」は最初視聴率が1~2%と低迷したがその後どんどん高くなり1980年には民放1位となった。私は後半はこの得意先の担当から離れていたが番組についてはいつも注視していた。

佐川さんの一言が15年に及ぶ超長寿番組を生んだ。幸いにも我々の努力も稔った。教訓「得意先の一言、聞き逃すまじ!」

因みに、何千回も続いた「花王 朝の詩(ポエム)」の第一回目の朗読者は栗原小巻さん。ポエムは島崎藤村の「初恋」であった。

神保智一(じんぼ・ともかず)
桜美林大学 特任教授
1941年岐阜県生まれ。早稲田大学卒業後、64年博報堂入社。営業部配属後、96年に同社取締役国際局長、2000年常務取締役、02年取締役上席常務執行役員、06顧問就任。2007年桜美林大学客員教授、特任教授を経て、2014年4月よりピーアールビジョン取締役社長。
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