「人生を豊かにするフランスパン」を求めて

ゲスト・木村周一郎氏(ブーランジェリーエリックカイザー・ジャポン代表取締役)/於・銀座やす幸 text by Steve Moriyama

写真左)木村周一郎氏、写真右)筆者

木村氏 この店いいでしょ。

――ええ、とても素敵なお店ですね。

木村氏 そうでしょ(笑)。子供の頃から、40年近く通っている馴染みの店です。

――お父上は、幼少期から木村さんに本物の味を知って欲しかったのでしょうね。

木村氏 仰るとおりです。おかげ様で、味に対するこだわりは、それなりのものになったと自負しております。

――木村さんは、面白い雰囲気をもっています。僕の中には江戸っ子の血が流れていて、下町の商人の匂いが肌感覚でわかるのですが、木村さんには「商人っぽい匂い」と「インテリの匂い」が混在していて、ハイブリッドというのかな、独特の雰囲気を醸し出してます。おそらくご自分では意識されてないとは思うのですが。

木村氏 仰ることは、なんとなくわかります。父方はご存じのように木村屋總本店の一族、つまり商人ですが、母方は、京橋の弁護士一家です。その意味で、仰るように「江戸っ子ハイブリッド」といえるかもしれません。

――なるほど、それで合点がいきました。木村さんの尖がったコミュニケーション能力は、お母様のほうの血だったのですね。

木村氏 ええ、実際、経営者としてもコミュニケーション力は役立っています。メゾンカイザーを立ち上げたときの開店資金の一部は、母方の伯母から借りました。その意味で母方の血というのは常に意識しています。ちなみに、木村屋からの出資は一切受けていません。

――さすがです。しかも、伯母さんからの借入金もすぐに返済されたそうですね。

木村氏 当初は多少の紆余曲折があったものの、お蔭様で事業が軌道にのり、無事返済できました。昔は「木村屋の木村さん」と紹介されていたのが、今では「メゾンカイザーの木村さん」と紹介されるようになり、なんともいえない心地よさを感じている今日この頃です。

――それは素晴らしいですね。木村さんの「ハイブリッドな血」は、おそらく多様性対応能力として、いろいろな面でご自身を支えてきたのではないでしょうか。僕自身ヨーロッパで四半世紀近く働いてきて、フランス人って、日本人と似ている部分も少なくはないのですが、著しく違うところも多いようにおもいます。木村さんは、おそらくそういういかんともし難い差異を、うまく咀嚼して、いや、円融無碍というのでしょうか、異質な二つを鍋のなかでどろどろに溶かしてしまって、新たなものを作りだしてこられたのでしょうね。まさに、異文化の橋渡しとして。

木村氏 恐縮です。まず向こうと日本では、飲食業の常識が違いますよね。スティーブさんもご存知のように、フランスには「高くて美味い店」はたくさんありますが、「安くて美味い店」はほとんどありません。でも、日本にはコンビニ、吉野屋、サイゼリヤなど、「安くて美味い店」がたくさんあります。特に東京で出店するには、そういう店とガチンコで戦っていかねばなりません。

――「食の都」東京で巧く差別化することの難しさは、フランスのパン職人であるカイザーさんたちには、なかなかわからないのでしょうね。おそらく、「世界一の食の都」はパリであり、そこでの成功法則は世界中どこでも通用すると思ってしまうからでしょう。人は往々にして思考の罠といいますか、「ではの守」的なものの見方に陥りがちです。

木村氏 ええ、実際、当初は、フランスで稼ぎ頭であるサンドイッチを東京でも主力商品にせよ、という指示がありました。そこで「コンビニには勝てない」点など日本市場の特殊性を根気よく説明し、ようやく理解してもらえました。8.5-10ユーロ(約1200-1400円)のサンドイッチ・ランチセットでは、東京では戦えませんよね。自分の役割は「異文化通訳者」だと思っており、その意味で、きちっと違いを訳していく上での衝突は恐れません。何事も真摯に伝えれば伝わるものです。

――まさに英語でいうmaking the unfamiliar familiar(馴染みないものを馴染みあるものにする)、つまり日本流にいえば「守破離」ですよね。最初は、師匠の技を黙って学び、そのうち少しずつ自分流を加味していき、最後は師匠の技から離れ、自分流を確立する。木村さんは、日本の伝統芸能の基本であるこの教えを意識されてきたのではないでしょうか。

木村氏 ええ、まさにカイザーのもとで修行していたときが「守」ですね。メゾンカイザーは、パンそのものの味や風味が他と明らかに違っていました。「いったい何が違うのだろう」という純粋な好奇心から彼のもとに弟子入りしたのです。今でも惚れていますし、学ぶことはたくさんありますので、まだまだ「守」の段階です。

――さて、先ほどすこし触れました「多様性対応能力」というのは、おそらく人材管理の面でも不可欠な資質かと思われます。

木村氏 そうですね。飲食業というのは、多種多様なバックグラウンドをもつ従業員がいます。当然ですが、大手保険会社のサラリーマン時代とは大きな違いを感じました。今となっては懐かしい思い出として振り返れるのですが、2001年に起業した当初はいろいろと思い悩むことが多かったものです。小規模で始めたので赤字こそ出さなかったのですが、売上はおもうように伸びず、従業員ともうまくいかない、というジレンマを感じていました。そんな折、ひょんなことから、サザビーリーグの当時の社長だった鈴木陸三氏とその兄上でスターバックス・ジャパンの角田雄二社長と出会い、ふと愚痴をこぼしたところ、こんなことを言われました。

「そもそも従業員とあなたは違う人間だ。あなたの考えていることなんて、わかるはずがない。もともと働いているモチベーションが違うのだから、『自分がこんなにやってるのだから、君たちももっとやってくれ』といっても通じるわけがない」と。

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