生き抜き、壁を越えるイメージ

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午前の練習を終えてほとんどの選手がロッカールームへ引き上げた練習場の片隅で、笑い声が響いていた。ピッチサイドにミニゴールを置き、中村俊輔が若手の齋藤学と一対一を繰り返している。対面でパス交換しながら、タイミングをみて一気にドリブルを仕掛け、相手をかわしてゴールを決めると1点だ。中村は何度も齋藤を抜き、ゴールネットを揺らした。傍らでその様子を見守るコーチも目を細める、穏やかな雰囲気だった。

しかしこのとき、中村は出口の見えないトンネルの中で一人苦悩していた。

小学生の頃に培った客観的分析力

18歳で横浜マリノスに加入し、22歳のときに史上最年少でJリーグ最優秀選手賞を受賞するなど駆け足で日本を代表する選手の1人に成長した中村だが、決して順風満帆の人生を歩んできたわけではない。中村が「最初の挫折」と振り返る中学生時代、マリノスのジュニアユースで出場機会を失い、ユースへの昇格の道を断たれて高校サッカーに転じたのは有名な話だ。プロ入りからこれまでも、人知れず何度となく分厚い壁に直面してきた。

その壁を乗り越え、歴代日本人選手の中でも屈指のキャリアを築くことができたのは、強みであるテクニックや想像力に加えて、「もっと上手くなりたい」という貪欲な向上心と、グラウンドで自分の長所を最大限に発揮するためにどうすべきなのかを冷静に見極める判断力、この両方を持ち合わせていたからだ。

プレイの質を上げるためには自分に何ができて何ができないのか、現状を正しく把握しなくてはならない。レベルアップに不可欠なこの分析力は、子供の頃に培われた。

「小学校低学年の頃から、父親が試合の度にビデオでプレイを撮影してくれて、家に帰ってから一緒にそのビデオでプレイを振り返った。そうすると、これは良いプレイだなとか、もっとこうしたら良かったとか、反省するようになるんだよね。それが習慣になった」

自分のプレイを俯瞰するように客観視するこの分析力は、中村の進化を知るうえで欠かせない要素だ。特に海外に渡った2002年以降は、常に「外国人選手」として結果を出すことを求められる重圧の中、課題を見出し、試行錯誤を重ねて突破口を見出してきた。

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