昭和のカイシャから脱却するには DXを理解するための思考法
――執筆の動機をお教えください。
昨年まで経産省でデータやデジタル関連の政策を担当してきました。DXについても多くの経営者の方と意見交換をしてきましたが、デジタル化がビジネスや産業・社会に与えるインパクトを俯瞰して示す書籍が必要だと思ったのが一つです。経営者や事業を構想する人にとって、DXに関する技術的な知識がある程度必要なことは間違いありませんが、それ以上にDXの本質を伝える本が必要だと思いました。
2つ目は、本書で解説をお願いした冨山和彦さんの、企業の変革には「組織能力の強化」が必要だという主張に大変共感したということがあります。組織能力がないまま戦略を描いても、競争には勝てません。企業も行政も組織の成り立ちや能力の方向性がビフォアデジタルの状態で、組織能力そのものを切り替える必要性を訴えなくてはならないと思いました。
3つ目は本書のタイトル通り、DXで最も重要なのは「頭の使い方」を変えるということです。物事が動くロジック自体が大きく変わってきていることを理解しなければならず、逆にそれさえわかれば「しめたもの」で、ここを伝えたいと考えました。
――「 昭和の会社」と比較してDXの理解を深めるという構成が印象的です。
言葉は多義的なものです。だから、これからは何かを「やった方がよい」と伝えるときに、「Xをやろう」とだけいうと、自分の慣れ親しんだ昔の思考法のままでXを理解し、わかった気になりがちです。「Yではないんだよ」、と合わせて言わないと、伝わらないのではないかと感じます。
日本は以前からデジタル化に取り組んできたはずなのに、成果が出ていないことが問題です。「デジタル」という言葉を使っていますが、DXは従来のデジタルとは全く違う。基本的な発想が切り替わることが大切で、そのために「~ではない」と比較しました。
――事業構想を志す人は本書をどう読むべきでしょうか。
企業にも行政にもクリエイティブが求められる時代です。これは一種の気づきです。気づきがあると次々と発想が生まれます。なぜかというと、世の中の見方が変わるからです。本書では脱業種という視点も提示しましたが、自身の事業と離れた領域で似た課題を探す、つまり抽象化することは大きなヒントになります。世界を俯瞰して自身を相対化・抽象化することは自分のビジネスの真の個性を考えるトレーニングにもなります。DXの思考法を手に入れ、新たな事業を発想し挑戦する方が増えることを期待しています。
- 西山 圭太(にしやま・けいた)
- 東京大学 未来ビジョン研究センター 客員教授
『DXの思考法
日本経済復活への最強戦略』
- 西山 圭太 著、冨山和彦 解説
- 定価 本体1500円+税
- 文藝春秋
- 2021年4月刊
今月の注目の3冊
進化思考
生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」
- 太刀川 英輔 著
- 海士の風
- 本体3000円(+税)
SDGsや地域活性など、幅広い領域で活躍するデザイナー・太刀川英輔氏による、創造性の本質を解き明かす大著。「進化思考」とは、「生物の進化と同じく、『変異と適応』を繰り返すことで、誰もが創造性を諦めることなく発揮できるようになる思考法」のこと。生物が形態を変えて機能を獲得する進化という過程とイノベーションには多くの類似がある。本書では、進化の過程で起こる数々の現象を古今東西の発明・イノベーションと結びつけながら、創造の思考プロセスを分解していく。一部の才能ある人のものだと考えられがちな創造性だが、著者は誰もが創造性を発揮できるという信念の下、「進化思考」を体得できるワークを随所に盛り込んでいる。事業構想を通して新たな価値の創造に取り組む方にとって、大きな示唆を得られる1冊だ。
地域経営のための
「新」ファイナンス
- 保田 隆明 著
- 中央経済社
- 本体2300円(+税)
わが国ではいずれも2010年前後から始まった新たな資金の流れであるふるさと納税とクラウドファンディング。本書では株式発行や借り入れによらない資金調達を「ソーシャルファイナンス」と位置づけ、地域経済への影響を考察する。著者は持続可能な地域経営に必要なことは新事業の創出と地域事業者の育成であるとし、そのための資金調達法としての「ふるさと納税」「クラウドファンディング」をさまざまな事例をもとにした研究から紐解いていく。ソーシャルファイナンスの魅力は、中小企業や小規模自治体にとって、資金需要を満たすだけでなく、背景にある地域課題の解決や、自身の取り組みのPRにもにつなげることができる点だ。新たなファイナンス手法は地域企業や自治体が持続可能な経営を行うための強力な武器となるだろう。
多様な社会はなぜ難しいか
日本の「ダイバーシティ進化論」
- 水無田 気流 著
- 日本経済新聞出版
- 本体1500円(+税)
今号の大特集テーマでもあるジェンダーやダイバーシティをテーマに、詩人・社会学者の水無田気流氏が2015年から新聞に執筆してきたコラムと書き下ろしで構成された本書。女性活躍をめぐる政策の変遷や男性をとりまく問題に言及しながら、日本でなぜ多様性の実現が難しいかを考察する。著者は、性別だけでなく人種や宗教など、コミュニティの「異物」が排除され続けてきた日本にとって、ダイバーシティはまだ異文化であると指摘する。そのうえで「ダイバーシティとは『達成すべき目標』というよりも、『多くの人たちのより良い協業を可能とする土台』である」と語る。世界と日本で大きな乖離がある現状を多くの人が認識している今、その差を埋めるために何が必要かを考えることは、新たな構想につながるのではないだろうか。