近鉄グループ 経営危機を乗り越え、創業110年へ「観光」に軸足

常に変わり続ける経営環境の中、社会課題と人に向き合い続けてきた。2020年、創業110周年を迎える近鉄グループ。様々な改革を繰り返してきた近鉄グループの歴史と、さらなる成長へ向けた挑戦とは...。

観光路線が創業の原点

近鉄グループは、純粋持株会社である近鉄グループホールディングスと子会社129社、関連会社18社の合計148社からなる企業集団。鉄道・バスなどの運輸業をメインに、不動産業、百貨店・スーパーなどの流通業、ホテル、レジャー業を営み、2018年度見込みの連結営業収益は1兆2,380億円、連結営業利益640億円の規模の企業。

グループの原点は大正3年、大阪~奈良間30キロの路線から出発し、現在では501キロにまで拡大。もと国鉄であったJR各社を除けば、民間鉄道会社としては最も長い路線距離を持ち、約6億人の乗客が利用している。

小林 哲也(近鉄グループホールディングス 代表取締役会長)

「地方の中小鉄道会社を多数合併して規模を拡大してきたのが近鉄グループの特長です。いわゆるM&A型の事業拡大の走りでした」と、小林哲也会長。

奈良、伊勢など沿線社寺への参拝、観光のための路線として発足・拡大したことが近鉄の特色。観光路線としての性格の強さが、近鉄の鉄道事業の方向性をかなり規定している。

高度経済成長期には、鉄道路線・施設への積極投資により事業を拡大。大阪万博を契機としたターミナルの増強と観光客の受皿としての伊勢志摩総合開発に取り組んだ。

高度経済成長期の象徴的な存在である新幹線は、名古屋~大阪間の輸送をドル箱にしていた近鉄にとっては大変な脅威だった。その対策として、新幹線によって増える旅客を近鉄と新幹線が接続する名古屋、京都から近鉄沿線に引き込む戦略を策定。各路線に特急ネットワークを整備することで、新幹線の打撃を吸収した。

「結果的に、特急利用客数を、新幹線の開業前後で大幅に増加させることに成功。災い転じて福とした事例として、長く語り継がれています。そして、この特急ネットワークこそが、現在の近鉄の経営資源の中核となっているのです」(小林氏)。

あべのハルカス

 

バブル崩壊後の経営改革

昭和61年に始まり平成3年まで続いた、いわゆるバブル景気は、日本全体が一種の楽観的拡大主義に染まり、企業の経営姿勢が緩くなった時期。当社においても、バブル期に事業化したテーマパーク・志摩スペイン村は、レジャーセグメントの成績を悪化させる一因となった。また、バブル期と崩壊期の中で、不動産事業において多くの不良資産を抱えたことは、不動産セグメントの財務に大きな影響を与えた。

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