WellAI ー「心のインフラ」を整える、医療現場発のAIモデル
医療現場で感じたDXの遅れと情報の偏在。その課題意識が、診療放射線技師からプログラマー、そして起業家へという異色のキャリアを生んだ。株式会社WellAIの古井戸俊也代表取締役は、感情分析AIアバターを核に据え、「心のインフラ」構築に向けて動き出している。

取材に答える WellAI 代表取締役の小井戸氏
現場の課題から生まれた、人起点のAI
古井戸氏は、総合病院で診療放射線技師として6年半にわたり勤務した。CTやMRIといった最先端の医療機器は導入されていたが、業務フローの抜本的な改革はなかなか進まなかったという。
「患者様の個人情報を扱うためセキュリティ要件が厳しく、IT部門の人材も圧倒的に少ないため、導入したくてもできないという構造的な課題がありました」と古井戸氏は振り返る。
この実体験が、テクノロジーによる医療変革への挑戦を生んだ。プログラマーへ転身後は、受託開発を経験。その後1年ほど広告代理店でマーケターやDXコンサルティングに従事した。こうした経験を礎に2025年6月、株式会社WellAIを設立。現在は海外MBAの取得にも取り組んでいる。
一連のキャリアを通じて古井戸氏が培ってきたのが、「エンジニアが作りたいものではなく、現場の課題に寄り添ったものを作る」という信念だ。「AIやソフトウェアは道具の一つにすぎません。人を起点にして、必ず現場で働いている人に寄り添うことが必要です」と力を込める。感情分析AIを独自技術の核に据え、その上にコンサルティングや研修を重ねる事業設計にも、この考えが一貫して表れている。
世界初・三軸感情分析が拓く、「本音」の可視化
WellAIの看板プロダクトが、世界初(※)の感情分析搭載AIアバターだ。テキスト、音声、表情という三つの軸から感情を統合解析し、言葉の裏にある心理状態を可視化する。2026年4月のNexTech Week 2026(東京ビッグサイト)で初公開され、注目を集めた。
音声解析には、もともとイスラエルの国防技術から生まれたLVA(Layered Voice Analysis)技術を採用。音の波形からストレスの種類まで判別でき、「真実ではないが嘘でもない、不確かな情報を言っている」といった微妙なニュアンスも検出できるという。表情解析では、無意識のうちに0.5秒未満で現れるマイクロエクスプレッション(微表情)を手がかりに感情の揺れを捉える。
「テキストや音声だけの感情分析は他社にもありますが、三軸を統合させ、それをアバターに連携させるのは世界初です。テキストと音声だけでも精度は94%に達します。そこに表情を加え、三軸が互いを補い合うことで、さらに高い精度を実現します」と古井戸氏は説明する。

無意識のうちに0.5秒未満で現れるマイクロエクスプレッションが感情を理解する手掛かりとなる
この技術が生まれた背景にも、現場での原体験がある。「患者さんが、医師に本音を言えていないケースは少なくありません。それどころか、患者さんご自身が本音に気づけていないこともあります」。たとえば「大丈夫です。」という一言にも、我慢の大丈夫です、安堵の大丈夫です、怒りの大丈夫です、拒絶の大丈夫ですと、さまざまな感情が隠れている。
心の状態が見えないまま見過ごされてしまう医療現場の課題意識が、感情分析AIの開発を突き動かした。コールセンターのクレーム予兆検知や営業ロールプレイングなど横断的な活用も可能だが、古井戸氏の視線は一貫して医療・ヘルスケアに向いている。※株式会社WellAI調べ(2026年5月時点、音声・表情・テキストの三軸統合感情分析AIアバターとして)
「心のインフラ」が支える社会 — 地方・高齢者・がん患者まで
古井戸氏が描く「心のインフラ」の射程は広い。マタニティブルーに悩む妊婦、がんの告知後に孤立する患者、ゴールデンウィーク明けに心が折れやすい新入社員 — こうした見えない心理を、感情分析によって早期に察知し、支援につなげることを目指している。特にがん患者は医師や家族にさえ本音を言えず、宣告後1週間以内に会社を辞めたり、最悪の選択をしてしまったりするケースが統計的に示されているという。
「急に身近な人ががんになってしまった時、周囲もどう接していいかわからないという方が多いんです。そういった見えない心理を、感情分析で拾い上げたい」と古井戸氏は力を込める。
将来的には、顔面麻痺や脳出血のサインを表情から捉え、各家庭の安全を支えるセーフティネットとして実装することも視野に入れる。高齢化が進む地域において、孤独を抱える高齢者への見守りとメンタルケアを対話型AIアバターで担うという構想もある。操作の苦手な高齢者でも、話しかけるだけで使える仕組みだ。
また、群馬県出身の古井戸氏が注目するのが、地方創生へのAI活用だ。観光業、第一次産業、その土地ならではの特産品や文化など、地方が持つ多様な強みを生かすためのAI導入を目指している。 「都会の課題と地方の課題は違うので、なるべく現地に足を運んで、現場の課題を一緒に見つけていくようにしています」。一律の正解を当てはめるのではなく、その土地に寄り添ってこそ、AIは地域の強みを引き出す道具になる。古井戸氏の信念が、ここでも貫かれている。
AIと人が共存する未来へ — 普及の鍵は「人のマインド」
日本のAI普及率は諸外国に比べて依然として低い、と古井戸氏は指摘する。普及を阻む壁は技術ではなく、人の意識だ。「AIに仕事を奪われるという危機感を持っている方には、AIを使いこなすことによって生産性も上がるし、使う人の価値も上がるということをお話しするようにしています」。
WellAIが提供するのは、システムだけではない。AIやテクノロジーはあくまで手段であり、主役は人だ。だからこそ、優れた感情分析AIアバターを届けて終わりにはしない。まず研修や講演を通じてAIへの拒否感を解きほぐし、そのうえで、企業が自社でAIを使いこなし、内製化できる人材と文化を育てるところまで伴走する。人を起点に、AIを現場へ根づかせる——それがWellAIの事業の姿だ。
しかし、古井戸氏の視線はその先を見据えている。描く究極のビジョンは、感情の可視化にとどまらない。脳波・心拍数・筋電位といった生体信号を統合的に解析する技術へと発展させることで、重度の身体障害を持つ方でも、言葉や身体の制約を超えて自由に意思疎通できる世界の実現を目指している。
さらにその先には、現実の身体が車椅子の上にあっても、VR空間の中で自分の身体を思い通りに動かし、友人と走り回り、一緒にスポーツを楽しめるといった未来を構想する。
「心だけでなく身体の自由をも取り戻す世界へ。すべての人が自分らしく生きられる未来を切り拓きます。それが、私たちが最後にたどり着きたい景色です」
人とAIが調和しながら共に歩む社会の実現に向け、WellAIの挑戦はまだ始まったばかりだ。
- 古井戸 俊也(こいど・しゅんや)氏
- 株式会社WellAI 代表取締役