一番高い所、あと一段上へ

インディアナポリス、時速350kmでの超接近バトル。アメリカンモータースポーツの頂点への挑戦から早くも3年。武藤英紀はいま、日本で闘っている――。

開発ドライバーとして、最先端技術に直面

最人気を誇る、スーパーGT。事実上のホンダファクトリー、「MUGENCR-Z GT」が今年、絶好調だ。安定した速さを見せ、第二戦と第三戦と続けて2位。シリーズポイントでも2位を快走中だ。全長x全幅x全高=4445x1940x1100(mm)、排気量2.8リッターV6ターボ+電気モーターのハイブリッドで最高出力300馬力。その開発及び実戦ドライバーを武藤が担当している。

Photo by スエイシナオヨシ

昨シーズン途中、第四戦SUGOにデビューした同車。マシンのポテンシャルを引き出すためには、武藤が想像していた以上の改良が必要だった。なかでも課題だったのが、バッテリーの熱対策だ。「ハイブリッド車はモーターをいかに上手く使うかがカギです」。助手席側に搭載するリチウムイオン二次電池の冷却水温度が70度を超えてしまうと、充放電のパフォーマンスが下がる。そうなると、モーターアシスト量を抑えて走らざるを得なくなる。マシンの加速が鈍り、さらに燃費も悪くなる。「レース中、マシンの技術的な状況に応じて、様々な判断を冷静にこなさないといけない。事前テストは十分にしてきても、結局は実戦が最良のテストの場になる。勝つためのバトルのなか、時には設定していた技術限界を超えることも。そこからまた、新しい発見が見えたことが何度もありました」。こうしてGTを語る武藤は自信に溢れ、そしてどこか楽しそうな表情を見せる。

一方、話をスーパーフォーミュラに向けると、「結構タフですね」と苦笑い。同シリーズは日本でのフォーミュラカー最高峰。だが、F1と並び称されるインディカーと比べると、事実上のステップダウンだ。しかし、日本特有の事情として、タイヤ性能が高く、マシンのダウンフォースも極めて強く、あの佐藤琢磨でもスポット参戦では惨敗を喫するほどだ。

また武藤の場合、インディカーから日本に戻った後、約2年間、フォーミュラカーでのブランクがあった。「正直、最初は目がついていかなかった。それにコーナーリングスピードはインディカー以上。しかも、マシンにクセがあり、高速コーナーと低速コーナーの挙動が大きく違う。さらに、タイヤはピーク時のグリップが高く、数周で一気にグリップレベルが変化する」。

加えて、レースウイークでのプラクティスは1時間ほど。個別のテスト走行も禁止。限られて時間のなかで高いパフォーマンスが要求される過酷な条件だ。「レース後、カラダも脳ミソもすごく疲れる」と本音を漏らした。

徐々に重圧へと変わった、アメリカ生活

武藤は東京・築地生まれ。実家は代々続く、魚河岸業者だ。そんな場違いの環境からいきなりレースの世界へ。

カートを皮切りに中学卒業後、単身英国へ渡った。「自信だけは凄くありました。トントン拍子でF1までいけると本気で思っていたから。まあ、周りにレースを知っている人がいなかったことが結局、幸いしたのかもしれませんね」。まさに、破天荒だった。

英国では実績を残すも、F1までの道は遠かった。2002年からは日本に戻り、入門用フォーミュラカーから再スタート。2006年、23歳で中嶋悟率いるトップチームから、当時の日本国内トップカテゴリー、フォーミュラニッポンへ参戦。同チームから出場したGT500ではポールツゥウィンを飾った。当時の武藤には、爆発力のような勢いがあった。これをホンダは"いままでの日本人ドライバーにはいないタイプ"と、高く評価。日本のトップカテゴリーを1年過ごしただけで、アメリカンレースの最高峰・インディカーシリーズへと大抜擢されたのだ。

武藤はその期待にしっかりと答えた。2007年、下部シリーズのインティライツに参戦し2勝、シリーズ2位。同年のインディカー最終戦にスポット参戦し、いきなり8位。

その結果、翌年にはトップチームのアンドレッティレーシングのレギュラーシートに座った。第二戦で6位、伝統のインディ500で7位、そして第九戦のアイオワでなんと2位と日本人初のインディシリーズ表彰台に立った。同年ルーキー・オブ・ザ・イヤーも取った。「自分でも気持ちが悪いほど、全てが上手くいった」。