3兆円超の経済損失から考える女性の健康 性差とライフステージを踏まえた職場づくりへ

(※本記事は経済産業省が運営するウェブメディア「METI Journal オンライン」に2026年8月31日付で掲載された記事を、許可を得て掲載しています)

人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる人的資本経営では、従業員の健康維持や増進を経営的な視点で戦略的に実践する「健康経営」もまた、取り組むべき事柄の一つだ。企業による従業員への健康投資は、働く人たちの活力や生産性の向上をもたらし、結果的に業績の向上などにつながると考えられているからだ。

就業構造の変化や少子化の進展で多様な人材の活用が求められ、人口の半分を占める女性の活躍が期待される一方で、月経随伴症など女性特有の健康課題による経済損失は年間3兆円を超えると推計されている。今回は、企業などが健康経営を推進するうえで重要な女性特有の健康課題と、先進的な技術を用いて課題解決を図る製品やサービスを意味する「フェムテック(Femtech)」の可能性について、性差医学(ジェンダー医学)を専門とする医師・医学博士で国立大学法人政策研究大学院大学保健管理センター所長の片井みゆき教授=写真=とともに考える。

国立大学法人政策研究大学院大学保健管理センター所長の片井みゆき教授
国立大学法人政策研究大学院大学保健管理センター所長の片井みゆき教授

女性特有の健康課題による経済損失は年3.4兆円

「女性は、女性ホルモンの分泌量が月経周期のほかに、妊娠・出産や更年期といった人生の時期によってダイナミックに変動する」(片井教授)といい、就労期間を通じて影響を受ける健康課題が多岐にわたる。経済産業省によると、月経随伴症や更年期症状、乳がんなどの婦人科がんといった女性特有の健康課題に、女性側で身体的な負担や就労への影響が大きいとされる不妊治療を加えた経済損失は年間で計3.4兆円に達すると推計されている。前立腺がんなど男性特有の健康課題による経済損失も1.26兆円に上るが、女性はさらにその約2.7倍だ。

<女性特有の健康課題と経済損失>
<女性特有の健康課題と経済損失>(※画像クリックで拡大)

内訳を見ると、例えば月経随伴症では、欠勤による損失は約1200億円、さらに、出勤しているものの心身の不調により業務パフォーマンスが低下している状態(プレゼンティーズム)による損失は約4500億円に上っている。

生物学的違いとライフステージへの配慮を

こうした経済損失が生じていることについて、片井教授は、「内分泌代謝内科医として性差医療や女性医療に携わってきた臨床経験とも、産業医として企業で働く人の実態を見ている経験とも合致する」と話す。加えて、「月経や更年期に伴う倦怠感やめまいなどの自律神経症状は、日常でよくある『何となく調子が悪い状態』と区別しにくい。女性特有の健康課題が適切な受診に結びつかず、解決しにくい一因ではないか」と指摘。「健康経営の推進にあたっては、女性と男性の生物学的な違い(生物学的性差)や社会的環境や役割分担などの違い(社会的文化的性差)、さらにライフステージへの配慮が欠かせない」と語る。

女性の健康サポート…「フェムテック」が一助に

健康経営では、正しい診断や治療につなげるため、従業員の健康状態を把握することもまた、重要な取り組みの一つだ。ところが、企業側には、例えば女性従業員に対してのみ、平均的な閉経年齢(50歳)の前後5年間にあたる45歳から55歳の間に主にみられる更年期症状について詳細に尋ねるのは「ハラスメントにあたるのではないか」との懸念もある。片井教授は「大切なのは、性差とライフコースの視点を踏まえた性差医学の知見と科学的エビデンスに基づいて、すべての従業員が、適切な予防、受診、治療などの対応を取れるようにすること」と強調する。女性の健康課題において、その一助になると期待されているのが「フェムテック(Femtech)」だ。

フェムテック(Femtech) Female ✕ Technology
フェムテック(Femtech) Female × Technology

フェムテックは、Female(女性)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、先進的な技術を用いて女性の健康課題の解決を図る製品やサービスなどを指す。国内外で開発・普及が進んでおり、世界ベースの市場規模は2034年に411億ドルを超えるとの予測もある。経産省は、フェムテックの活用を通じて、これまでは個人の問題として語られにくかった健康課題を「社会全体で理解し支え合うべきもの」と捉え直し、健康経営や仕事とライフイベントの両立、誰もが働きやすい環境づくりなどにつなげていきたい考えだ。

<フェムテックの活用から広がる3つのこと>
<フェムテックの活用から広がる3つのこと>(※画像クリックで拡大)

フェムテックでは、月経やPMS(月経前症候群)、妊娠・不妊、産後ケア、更年期といった健康課題や、利用者に何を提供するかに応じて、ウェアラブルデバイスを活用した体調の記録・管理、AIを活用したオンライン健康相談アプリなど様々な製品やサービスが開発されている。経産省が2021年度から2025年度にかけて実施した「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」では、女性特有の健康課題やライフベントと仕事の両立を支援する製品・サービスの有効性を検証し、社会実装を促進するための実証として、計79件が採択された。2024年度と2025年度の事業評価によると、フェムテックの導入によって、プレゼンティーズムの改善傾向がみられたほか、「女性特有の健康課題について適切な情報選択やケアの選択ができる」「健康課題があっても目標を持って前向きに働くことが出来る」「同僚に適切な配慮・支援ができる」といった効果がみられたという=図表=。

<フェムテック導入で主に改善した点>(クリックで拡大)
<フェムテック導入で主に改善した点>(※画像クリックで拡大)

片井教授が所属する政策研究大学院大学は同事業で、利用者の性別を問わず、食事や運動習慣などのセルフケアを勧める機能を備えたスマートフォン向け実証用アプリ「WaiSE WORK(ワイズ・ワーク)」を開発した。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の事業で先行して取り組んだ、性差医学や女性専門外来で蓄積された医学的エビデンスなどに基づいて女性の問診・受診・診断を支援する機能を持つアプリ「WaiSE」を発展させたもので、健康経営に生かせるよう、利用者が日々の健康状態に応じたアドバイスを受けられるのが特徴だ。「働く女性のヘルスリテラシーを向上させ、希望するライフプランの実現、女性のライフステージに沿ったウェルビーイングの実現を目指した」(片井教授)という。

片井教授らが開発した「WaiSE」(左)と「WaiSE WORK」の表示画面例(片井教授が作成した資料から)
片井教授らが開発した「WaiSE」(左)と「WaiSE WORK」の表示画面例(片井教授が作成した資料から)

片井教授は経産省の事業について、「多くの企業や組織が問題意識を持って参加したことで、日本のフェムテックのレベル向上につながるとともに、フェムテックの活用を通して性差とライフステージを踏まえた健康対応の重要性が広まった」と振り返る。フェムテックは女性の健康課題への対応策として注目されているが、ここで培われる技術や製品、サービスは、性別を問わず誰もが利用できる「ジェンダード・イノベーション」として進化する可能性を秘めている。片井教授は、それぞれの製品やサービスで、医学的エビデンスとどう結びつけるか、個人情報の取り扱い、採算性などの課題に向き合いながら、今後も発展させることが望ましいと考えている。

「フェムテック導入ガイダンス」経産省が作成

経産省は実証事業の結果を踏まえ、2026年5月、企業や自治体などがフェムテックの導入を検討する際の手引きとなる冊子「フェムテック導入ガイダンス」=写真=を公表した。フェムテックの製品やサービス、実際に導入した企業の事例紹介に加え、フェムテック導入の意義や効果、導入に向けて組織内で検討すべき事柄などをわかりやすくまとめている。

フェムテック導入ガイダンス
フェムテック導入ガイダンス

組織運営や人材戦略をけん引する経営層や管理職、人事労務管理や職場環境の整備を担う人事・総務担当者を主な読者と想定しており、経産省経済社会政策室は「人的資本経営や健康経営の実践にあたり、誰もが働きやすい社会を実現するためのツールの一つとして活用してほしい」としている。

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