IT企業の事業承継を乗り越える 組織改革と自社価値の再発見
創業25年を迎えたIT企業が直面したのは、突然の社長交代、管理体制の不備、組織運営の限界という‟三重苦“だった。2023年、株式会社アルネッツの社長に就任した渡邉輝明氏は、そうした難局を引き受け、AI時代に向けた新たな成長戦略を描いている。第三者承継による組織改革、M&A戦略、そして技術融合による価値創造。変革を恐れない経営の実践について話を聞いた。
株式会社アルネッツ 代表取締役社長 渡邉輝明氏
──2023年に社長に就任された経緯を教えてください。
前社長の八田とは、以前からビジネス上の関わりがありました。当時、私は別の会社で執行役員をしており、上場企業での働き方に限界を感じ、独立を模索していた時期でした。そんな中、八田から「うちに来ないか」と声をかけられたのです。
彼は私より18歳年上で、普段は人に頭を下げるようなタイプではありません。その彼が「三顧の礼を尽くす」とまで言ったのには、本当に驚きました。八田は曲がったことが嫌いで信念の強い人間です。「お金になれば何でもいい」といった考え方とは対極にいます。私もまた、付加価値を重視する経営を信条としており、その点で共通する思いがありました。
そして2023年、創業25周年の記念パーティーの場で、八田は突然「今日で社長を辞める」と宣言したのです。想定外のタイミングでのバトンタッチでしたが、八田にとっては、ある意味で既定路線でもあったようです。
── 社長就任時に、社員の方々にはどのようなメッセージを伝えたのでしょうか。
就任直後、社員に伝えたのは、「八田さんにはなれないが、一生懸命社長を務めます」という素直な思いでした。というのも、当時は社内のコンセンサスも不十分で、社員にとっても私の就任は予期せぬ出来事だったからです。
そこで最初に私が取り組んだのは、「自分たちの会社の価値を、改めて認識してもらうこと」でした。
実は、当社は長年にわたり経常利益1億円以上を安定して計上してきた会社です。これは全国約250万社の中でも、上位0.13%の中小企業にしか実現できていない数字です。利益を出し続けている企業という括りで見ても、全体の0.4%ほどしかありません。
私はその事実を改めて社員と共有し、「私たちは、ものすごい会社なんだ」と自信を持ってもらうことを大切にしました。
そしてもう一つ伝えたのが、「お金」「時間」「仕事」そのすべてを満たせる会社を目指そう、ということです。多くの“イケイケ”な企業では、どうしても家庭が後回しにされがちです。しかし、私は「本当に大切なのは家族だ」と、あえて言いました。なぜなら、時間やお金を得たとしても、それを分かち合える人がいなければ、本当の意味での豊かさにはつながらないからです。
経営者として、従業員を単なる“戦力”ではなく、ビジネスをともにするパートナーとして捉えたい。
それが、私が最初に社員と交わしたメッセージでした。
── 着任時に直面した課題について、具体的にお聞かせください。
社長に就任するにあたっては、「外部から来た人間」としてのハレーション(反発や混乱)を最小限に抑えることを第一に考えていました。そのためにも、まずは組織体制を整えることに注力しようと決めていたんです。
一方で、創業以来25年間築かれてきた社内文化には、尊重すべき点や伸ばすべき部分が多くあると感じていました。ですから、これまでの路線を壊さずに活かしながら、どうすれば組織としての馬力を上げられるか――そこにフォーカスしていました。
しかし、いざ中に入ってみると、想像以上に複雑で混沌としていたのが実情です。技術力の高いエンジニアは揃っていましたが、マネジメントや管理体制には大きな問題がありました。
特に驚いたのは経理業務のずさんさです。ほとんどの処理が税理士任せで、社内に経理の実態を正確に把握している人がいない。「なぜこうなっているのか?」と聞いても、「税理士さんに聞いてください」「報告はしています」など、責任の所在があいまいなまま。経理担当者に直接確認しても、同様の反応でした。
さらに、稟議を通さずに進んだ発注や、口約束だけで進行していた支払いなど、ガバナンスが完全に崩壊しているケースも多数ありました。本当に、現場は“ぐちゃぐちゃ”な状態でした。
私自身は、「人間は本質的に弱い存在である」という“性弱説”の立場を取っています。だからこそ、制度や仕組みで支える必要がある。そうした観点から、社内の体制や業務フローの見直しを進め、社員たちにも「これからはしっかりルールを守りながら進めよう」と伝えました。
── 具体的な組織改革で、特に効果的だったものはありますか。
特に手応えを感じたのは、「自分を棚に上げて発言していい」という考え方を社内に浸透させたことです。
私は“外部から来た人間”ではありましたが、創業者である八田が連れてきたという背景もあり、社内では“神の子”のような特別視される存在になっていました。そうなると、本来言うべきことも、遠慮して言いにくくなってしまいます。
しかし、組織が腐っていくときは、皆が本音を言わなくなる。疲れたくないから言わないし、他人からも言われたくない。そして、何よりも「自分もきちんと行っていないから、他人に強く言えない」という空気が蔓延していく。
だからこそ、あえて「自分ができていなくても、正しいことは言っていい」と伝えました。完璧じゃなくても、組織として前に進むためには、遠慮せずに意見を言い合う文化が必要なのです。
たとえば、「営業成績が悪いのは、システムが悪いからだ」と言っていいし、「システムが悪いのは、営業がちゃんと現場の声を上げてこないからだ」と言ってもいい。
どちらも責任を押し付け合うのではなく、お互いに率直な意見をぶつけ合うことで、課題を共有し、解決への一歩を踏み出す――そんな空気をつくることを目指しました。
── 貴社は「火中の栗を拾う」という姿勢が顧客の信頼を集めていますが、それを掲げている理由とは何ですか。
「火中の栗を拾う」という言葉は、アルネッツにかねてより根付いていた企業文化を、私自身が「再発見」し、そこに価値を見出したのです。これは私が新たに持ち込んだものではなく、創業当初から自然と受け継がれてきた文化でした。
ご存じの通り、IT業界はプロジェクトの進行中にトラブルが起こることが多く、いわゆる「炎上案件」も珍しくありません。他社が敬遠したり、途中で手を引いたりするような難しい案件であっても、アルネッツはそれを受け止め、引き受けてきた。
この「逃げない姿勢」こそが、私にとってアルネッツのアイデンティティだと思っています。
「火中の栗を拾う」ことで、ビジネスのパワーバランスが一時的に逆転するのです。通常、お金を払っている側=顧客の方が立場は強い。しかし「炎上案件」のような局面では、顧客の方が追い詰められており、他社はどこも手を引いてしまう。そんな中で私たちが手を差し伸べることで、「助けてもらった」という強い信頼関係が生まれます。
だからこそ、当社では創業30年に満たないにもかかわらず、LTV(顧客生涯価値)が20年を超えるような企業との取引が複数存在しています。この信頼こそが、アルネッツの大きな強みだと考えています。
── 2025年4月にFRONTEO社グループの傘下に入りましたが、今後の事業展開についてお聞かせください。
元々事業承継を考えていましたが、日本にある制度設計の多くは、創業者が損をする仕組みになっているのが実情です。第三者承継の選択肢としては、IPO(株式上場)かM&A(企業買収)の2つしかない中で、当社のような労働集約型の事業にはIPOが現実的ではありませんでした。
そのため、最終的にM&Aを選び、2025年4月にFRONTEO社グループの傘下に入ることを決断しました。
FRONTEO社はAI分野に特化した企業で、私たちがこれまで「やりたくてもできなかったAIエンジンの開発力」を持っています。一方で彼らは、私たちが得意とするシステムインテグレーション(SI)には対応できないという弱点がある。
この補完関係を活かせば、従来にない新しいAIベンダー像を実現できると確信しています。
たとえば、膨大な過去の業務資料をストレージから素早く検索できる仕組みや、企業内のメール監視の精度向上など、単体の技術では不十分な部分を、インテグレーションを通して実用的なソリューションに昇華させていく。こうした取り組みを通じて、「AIはあるけど業務に組み込めない」という企業の課題を、技術と現場理解の両輪で解決していきたいと考えています。
── その他に、挑戦したいことはなんですか。
個人的には宇宙産業に関わってみたいという思いがあります。今の世界は、ほとんどすべての産業がグローバルに連動していますが、宇宙産業だけは例外です。各国が技術を共有せず、独自に開発を進めている。これはかつての戦闘機開発に近い構図で、今や戦闘機でさえ国際的な共同開発が進んでいる中、宇宙だけが孤立した構造のまま残っている。おそらく、ロケットや宇宙技術が真にグローバル化するのは100年後くらいの話になるでしょう。だからこそ今は、宇宙産業が経済安全保障の象徴となっている。
その領域で、何かシステムやインフラのようなものを構築できたら、面白いチャレンジになると思っています。
── 人材の採用や育成について、現在の課題と取り組みをお聞かせください。
人材採用も育成も、今は本当に難しい時代になっています。採用そのものが厳しく、さらに入社後の教育のハードルも高くなっていると感じています。特に若い世代に、将来に対するポジティブな期待が持ちにくくなっているように感じます。そうなると、「頑張る意味」自体を見いだしづらくなっているのかもしれません。
昔のように、「先輩の背中を見て学ぶ」スタイルは、もはや成立しにくい。教育なしには人は育たない時代だと思っています。
だからこそ、重要なのは「いつでも、やりたいときに受けられる教育」の仕組みを整えることです。そして、そもそもどうやったら本人が「やりたい」と思えるのか――そこに、経営陣が本気で知恵を絞る必要があります。
特にエンジニアの場合、「やったことがないこと」には手を出したがらない傾向があります。しかし、「全く知らない」わけじゃなくて、ほんの少しだけでも知っている要素が混ざっていれば、「やってみよう」という気持ちが芽生えるのです。
私はこの“やったことないけど、ちょっとわかる”というグラデーションをどう作るかが、今の人材育成で最も重要だと考えています。