定員の3倍の入居希望が殺到 民間100%出資の移住定住拠点とは

静岡県・伊豆に3月にオープンした移住定住拠点「ドットツリー修善寺」が話題だ。行政の補助金に頼らない、民間出資100%のプロジェクトであり、オフィス付きの賃貸住宅12棟すべてに入居者が決定。成功の要因を探った。

伊豆・修善寺に、2016年3月にオープンした「.tree修善寺(ドットツリー修善寺)」。市内外から移り住んできた事業者が、行政や金融機関とのビジネスマッチングや広報企画などの幅広い経営支援を受けながら、新しいビジネス創出を目指している

経営支援付きの住宅+オフィス12社が連携し新事業に挑戦

温泉地として有名な伊豆・修善寺に、2016年3月にオープンした「.tree修善寺(ドットツリー修善寺)」。12棟の2LDKメゾネット住宅と小規模オフィスが建ち並ぶ、コンセプト賃貸物件だ。敷地内にはバーベキューやマルシェ開催にも使える芝生のフリースペースもある。

ここで暮らし、働いているのは、伊豆市内外から移り住んできた観光事業者やITエンジニア、一級建築士などの多彩な才能たち。行政や金融機関とのビジネスマッチングや広報企画などの幅広い経営支援を受けながら、入居者同士のコラボレーションが活発に行われている。

ドットツリーは、地元の建設資材会社の古藤田商店がオーナーとなり、NPOサプライズがプロジェクトデザインを担当。移住定住促進と産業育成という、本来ならば行政が担う役割を、100%民間出資で実現しつつある。

「ドットツリーの入居は1業種につき1社に限定しています。これは、入居者同士が競合せず互いに仕事を融通し合える環境をつくるため。12社が経営資源を補いながら一体となり、“伊豆の総合商社”としてさまざまな新ビジネスにチャレンジし、共に成長し、地域を豊かにしていきたい」と、NPOサプライズの飯倉清太代表は話す。

飯倉清太 NPOサプライズ代表(左)
古藤田博澄 古藤田商店代表取締役社長(右)

移住定住のネックは「働く場」

飯倉氏は、「地域のゴミ拾い」を観光(ボランツーリズム)や多世代コミュニティ育成に活かす非営利活動で注目され、2014年度には内閣官房の地域活性化伝道師にも任命された人物だが、「ほんの5年前までは、観光地のアイスクリーム屋のオヤジでした」という一風変わった経歴の持ち主だ。

1970年に静岡市で生まれ、24歳で伊豆・修善寺に移住し、アイスクリーム屋を開業。伊豆の名産であるワサビを使ったジェラードをヒットさせた。多店舗展開するほどビジネスは順調だったが、一方で、地域の衰退を肌で感じ、危機感をつのらせていた。

「伊豆・修善寺の観光客数は1991年をピークに減少しており、産業衰退に伴って人口流出が加速。2004年に4町が合併して伊豆市ができたものの、合併時から人口は約6000人流出し、現在では約3万2000人にまで減りました。農業の担い手不足、山林の荒廃による鳥獣被害の多発などの課題も深刻です」。飯倉氏は2011年にはすべての店舗をたたみ、NPOに集中、地域のリーダー育成や地産品の販路開拓支援などにも取り組んできた。

温泉観光地として著名な伊豆市だが、人口減と少子高齢化が進み、産業の衰退が懸念されている

「生コン工場の跡地が空いたんだけど、何か良い案はないかな」。そんな相談が古藤田商店の古藤田博澄社長から飯倉氏に寄せられたのは2014年のことだった。

古藤田氏は約10年前に家業の建設資材会社を承継するまで、東京でデザイン関連会社を起業・経営していた。「幹線道路が近いため、小売企業にテナント貸しをすれば儲かるでしょうが、それでは面白くないし、地域のためにはならない。そこで、一度は伊豆を離れた私と同じく“ヨソモノ”で、地域活性化を真剣に考えている飯倉さんに相談したのです」

2人で議論する中で、「住む」と「働く」をセットにした移住者向けソーシャルアパートメントというアイデアが浮上した。

「移住定住のネックは働く場です。それならば、都会では得られないビジネスネットワークと、地方で暮らすメリットを感じられる“理想のワークライフバランス”をつくり、起業家や個人事業主に移住してもらおうと考えました」(飯倉氏)

定員の約3倍の入居希望が殺到“特定少数”が移住促進のカギ

ドットツリーの通常賃貸は、約60平米の住宅と15平米の小規模オフィスのセットで月額13万5000円。ただし、一定条件をクリアすることで月3万円減額される。具体的には、ドットツリーに関する積極的広報、視察受け入れ、ビジネス連携、セミナー等の講師受託を条件とした。

「このプロジェクトを始めたとき、ほとんどの人に『失敗する』と言われました。確かに、単なる賃貸ビジネスと捉えれば割にあわない。しかし、新しい地域ビジネスを入居者と古藤田商店、NPOサプライズが一緒に生み出せれば、賃貸収入以上の価値が生まれます」と古藤田氏。建設会社にとって、自社の成長と地域活性化はイコールだ。「商いの力で地域に元気をする。そのコンセプトに共感してくれる人は必ずいると思いました」

12件の募集に対して寄せられた入居希望は、実に33件。応募者全員を古藤田氏と飯倉氏で面接した。「入居者というより協働事業者として、一緒に成長していけるか、なによりもフィーリングが合うかどうかを審査しました」

全国の地域が移住者の獲得に苦心するなか、ドットツリーは広告宣伝費ゼロ、SNSや人脈のみの広報で満室稼働を実現した。一度も内覧せずに契約した人が大半だったという。「やはり、移住定住には尖ったコンセプトが必要なのだと思います。多くの自治体は不特定多数を対象に移住をPRしますが、私達がターゲットとしたのは“特定少数”。12棟の住宅を埋めると考えると大変だけれども、1億2000万人のうちたった12人だけ、コンセプトに共感してくれれば良いと考えると、それほど難しくありません」(飯倉氏)

入居者は当初スタートアップを想定していたが、蓋を開けてみれば、経験豊富でセカンドアップを狙う事業者が集まった。常識的に考えれば、事業をドライブさせるにはヒト・モノ・カネが集まる都会が最適なはずだが、「入居者の目には、停滞した伊豆のマーケットがブルーオーシャンのように映ったようです。また、『年間126万円の賃料を広告宣伝費と考えれば安い』という声もありました」(飯倉氏)

「長屋」のように力を貸し借り

入居者は働き盛りの30~40歳台が中心で、家族で移住した人もいる。「県内の他の自治体や、山梨県からの移住者のほか、市内からの移住も4人います。本来、地域を出て行ってしまう人が踏みとどまってくれたというのは、私達の自信にもなりましたね」(飯倉氏)

地域で3店のコンビニエンスストアを経営する20歳台の若者は、地場産品を活かした新商品を開発したいと、ドットツリーに入居した。伊豆でトレイルジャーニーを企画する観光事業者、伊豆お遍路のためのGPSアプリの開発を目指すITエンジニア、リラクゼーションサロン経営者など、個性豊かなメンバーが揃った。

NPOサプライズには地元自治体や中央省庁へのネットワークがあるほか、産学官連携や広報企画でも多くのノウハウを持っている。数十年、伊豆で事業を続けている古藤田商店には金融機関や民間企業との強い信頼関係がある。これらを活用しつつ、外部とのビジネスマッチングも定期開催しながら、ドットツリー入居者の成長を支援していく。

オープンから半年、すでに入居者同士の連携は活発だ。プロカメラマンとWEBデザイナーが連携して地域の事業者からHP構築の仕事を請け負ったり、入居者で食材付き定期購読誌「伊豆食べる通信」を創刊したりといった事例が生まれている。NPO法人サプライズが運営する移住情報センターでは、入居者の不動産会社と連携し、センターでの物件相談に即時対応する仕組みを整えていく。

隣の家の醤油を貸し借りするように、ビジネスでも力を貸し借りする、そんな長屋的なコミュニティがドットツリーだ。

「古藤田商店にとってドットツリーは、12の新規事業部門とプロフェッショナル人材を一気に獲得したのと同じです。あとはこのネットワークをいかに活かすか。県内自治体から相談される機会も増え、手応えを感じています。何よりも、周囲の見る目が“生コンの古藤田”から、“ドットツリーの古藤田”に変わったことが大きいですね」(古藤田氏)

ドットツリー入居者のランチミーティング

優良パートナーの発見には“信頼の貯金”が肝心

このプロジェクトは、飯倉氏のアイデアはもちろんだが、資金や空間を全面的にバックアップした古藤田商店がいなければ実現不可能だっただろう。地域活性化に不可欠な優良パートナーは、どうやって見つければ良いのか。飯倉氏は言う。「地域の衰退に危機感を持っている優良企業は、どの地域にもいるはず。偶然の出会いを待つのではなく、地域にネットワークを作って“信頼の貯金”をしておくことが大切かなと思います。古藤田さんと私が出会ったのは6年前ですが、プロジェクトが急に動き出したのは2年前。地域活性化は掛け算ではなく足し算。地道に縁や実績を積み上げていくしかありません」

古藤田氏と飯倉氏は、今後、ドットツリーの仕組みをアレンジして、さまざまなコンセプトの移住定住施設に取り組みたいという。「例えば廃校を活用して、校庭を農場に、校舎をオフィス兼住宅にした“ファーマーズ・ドットツリー”を構想しています。PFI・PPPの新しい手法としてもドットツリーは有効でしょう。尖ったコンセプトがあれば、あらゆる地域で同様の取り組みができるはず。どんどん真似をしてほしいですね」(古藤田氏)

自治体や中央省庁からの視察依頼が途絶えないドットツリー。「住む」と「働く」をセットにした、新しい形の地方創生プロジェクトの今後に期待したい。

自治体や省庁、金融機関などの視察も多い

 

 

月刊「事業構想」購読会員登録で
全てご覧いただくことができます。
今すぐ無料トライアルに登録しよう!

初月無料トライアル!

  • 雑誌「月刊事業構想」を送料無料でお届け
  • バックナンバー含む、オリジナル記事9,000本以上が読み放題
  • フォーラム・セミナーなどイベントに優先的にご招待

※無料体験後は自動的に有料購読に移行します。無料期間内に解約しても解約金は発生しません。