日産自動車、日立製作所をつくった 「重工業王」鮎川義介

恵まれた環境に甘んじることなく、確固たる信念と行動力で自らの道を突き進んだ“重工業王”。「低処高思」な生き方を貫いた“ギスケイズム”とは。

日産自動車、日立製作所などを傘下とした日産コンツェルン総帥・鮎川義介

「元来、生物だけが意識をもっているとおもうのは人間の錯覚で、神は万物にそれを与えている。それを善用できるのは、“愛のつながり”以外にはない」。これはかつて“重工業王”といわれた男がいった言葉である。これは会社というものを“生きもの”としてとらえた、いかにも日本人らしい企業観だ。その人物は、あくまでも現場主義にこだわり、日本の “伝統的人情” というものを忘れなかったベンチャーのさきがけであった。かつての日産コンツェルンの総帥・鮎川義介(1880-1967)である。

「おれは絶対に金持ちになるまい。だが大きな仕事はしてやろう。願わくは人のよくおこないえないことで、しかも社会公益に役立つ方面をきりひらいていこう」。義介は驚くべき決断をする。帝大卒業後のかれがとった行動は、その輝かしい出自と学歴をひた隠しにし、「一職工」として現場の下働きの仕事をするというものだった。「自らの身体を使って技術を体得したい」そうかれは考えた。

「低処高思」という言葉がある。イギリスの詩人・ワーズワース(1770-1850)の「生活は簡素に、思想は高貴に」からきている。高い志をもってあえて低い所に身をおくといった意味だ。「先験的」な一大事業を成し遂げた事業構想家には、こうした行動形態をとる人物が意外と多い。かれらに共通するのは、それまでに積み上げたキャリアをかなぐり捨て、新しい世界で自分の道をきりひらいているということである。「キャリアアップ」などという概念はかれらにはなく、スタートラインに立つことで見えてくるものがあることを知っているのだろう。「人間には反発心が大切である」「経験は蓄積資本である」と義介自身は語る。

この「低処高思」な生き方を貫いた“ギスケイズム”ともいうべき鮎川義介の「事業構想観」はどのようにしてつくられていったのか、その背景と実態に迫ってみたい。

日産自動車の代表的ブランド「ダットサン」Photo by Ypy31

「一職工」からスタート

鮎川義介は、1880年(明治13年)11月、7人兄弟の2番目として山口県山口市に生まれる。母方の祖母は、あの明治の元勲・井上馨(1836-1915)の姉だ。井上馨は義介にとっては大叔父にあたる。ふたりのつながりは浅くはない。

鮎川家は長州藩で中級以上の士族であった。しかし明治維新後、一家は没落し困窮した。世渡り下手な父・彌八は、山口県の下級官吏などを務めていたが、鮎川家はいわゆる“貧乏士族”の典型で、「あえぎあえぎの生活」だったという。

義介が12、3歳のときである。家族とともに洗礼を受けた(洗礼名はフランセスコ・ザペリヨ)。義介少年は、熱心に日曜ミサに通い、そこで出会った人物から英語や漢籍を学んだ。このとき師事したフランス人宣教師・ビリヨン神父(1843-1932)は、その後のかれに大きな影響を与える。神父はあのナポレオンの側近という名門の出でありながら辺鄙な地での「低処高思」な生き方を貫いた。ちなみにこの神父、あの“日本資本主義の父”渋沢栄一(1840-1931)にもフランス語を教えている。義介は、小さい頃から涙もろく優しいところがある反面、腕白で相当きかん気の強い少年でもあったようだ。戦後、吉田茂の側近としてGHQ(連合国総司令部)との折衝で活躍した白洲次郎(1902-1985)の少年時代を彷彿とさせるが、後年、このよく似たふたりは運命的に出会い、大の車好きだった白洲は義介の“右腕”となる。

「お前はきっと偉くなる」井上馨の姉である祖母のいつもの口癖だった。当時日本は「国家隆盛=立身出世」の構図が成り立っていた“第二維新期”にあった。その頃の「人づくり」とはすなわち、中央に出て行って活躍する若者を育てることにある。義介が通った旧制山口高校でもまたそうであった。ただその教員のなかに、のちに「西田哲学」をうちたてる西田幾多郎(1870-1945)がおり、おそらく義介も哲学的思索の一時期をえたであろうことは想像に難くない。その後の義介の「低処高思」な生き方をみたとき、そこに西田の「原点回帰」の思想が多分に影響していたとみたほうが自然であろう。義介は、大叔父から「貴様はエンジニアになれ」といい渡され、エンジニアを志す。当時エンジニア志願者はマイナーだった。

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