「クモの糸」を人工合成 世界が注目するバイオベンチャー

クモの糸を人工的に作る―。そんな、世界の科学者たちが驚愕する技術を山形県鶴岡市の大学発ベンチャー・スパイバーが実現した。同社の「タンパク質の産業化」という構想は、世界の未来を変えるかもしれない。

究極の繊維であるクモ糸は、自動車や航空機、建築、医療、衣類などさまざまな産業への応用が期待される

強度は鉄鋼の4倍、伸縮性はナイロンを上回り、耐熱性は300度を超える。そんな驚異的なクモ糸の特性を活かした新素材「QMONOS®」が、山形県鶴岡市に拠点を置く慶應義塾大学先端生命科学研究所発のベンチャー企業から誕生した。2015年には、自動車部品メーカー・小島プレス工業との協業により、量産プラントが稼働する見込みだ。

米軍やNASAをはじめ、世界中の研究者たちが人工クモ糸の生産を目指したが、いずれも実用化に至ることはなかった。そんな前人未踏の領域に踏み込み、世界初の偉業を達成したスパイバー株式会社の関山和秀氏。化石燃料の枯渇が懸念される中、「人工クモ糸の産業化は、地球規模の課題を解決するカギになる」と言う。

「タンパク質でできたクモ糸は、化学繊維のように石油を使うことなく、低エネルギーで生産できます。既存のさまざまな化学製品と置き換えることができるはずです」。産業分野では自動車や飛行機などの輸送機器や電子機器、医療分野では手術用の縫合糸や人工血管など、用途は無限に広がっている。

関山和秀(スパイバー 代表執行役)

「地球を救う」高校生の夢

起業を夢見たのは高校時代。「せっかく事業を起こすなら、大きなことがしたかった。クラスメートと事業の構想ばかり語り合っていましたね」と、笑顔を見せる。そんな関山少年が常々感じていたのは、「戦争や貧困の原因は、資源の奪い合いから起こる」ということだった。

世の中で一番大きなニーズは、資源、エネルギー、食糧といった人類が抱える問題の解決。そのためのソリューションを提供する事業は、必ずや世のためになるはずだ。「もともとは核融合技術の会社を起こそうと考えていました。高校生でしたが、それぐらいシンプルに、地球規模の課題解決をしたかった」

関山氏は慶應義塾高校からエスカレーター式で慶應大学に進学することが決まっていた。学部の選択に迷う中、バイオテクノロジーの世界的第一人者、冨田勝教授との出会いが転機となった。「文系だった僕には、理系学部への進学はほとんど閉ざされていました。そこで、物は試しだと思い、湘南藤沢キャンパスの説明会に行くと、環境情報学部の冨田教授がバイオテクノロジーについて熱く語っていた。『あらゆる社会問題は、バイオテクノロジーが解決するんだ』という言葉に、衝撃を受けましたね」

冨田教授に弟子入りすれば、面白いことができそうだ。しかも、環境情報学部なら文系の自分でも入れる。大学に進学予定の2001年から、鶴岡市に先端生命科学研究所が開かれることも好都合だった。「その日はすっかり感銘を受けて、駅まで冨田さんのカバン持ちをしたくらいです」。希望通り環境情報学部に進学した関山氏は、1年次から冨田研究室に所属。2年次からは鶴岡市に移住し、世界最先端の研究機関でバイオ研究に没頭する日々を過ごした。

飲み会で生まれたアイデア

直径1cmのクモ糸は、ジャンボジェットさえ支えることができる。重さ当たりのタフネスを比較すると、クモの糸は炭素繊維よりも高性能だ Photo by Luca Serazzi

ところが、「事業化にふさわしい研究テーマが見つからない」という壁にぶち当たった。「神経細胞や免疫など、研究シーズはいくつもあったのに、どれも人生を懸けるほどのテーマだとは思えなかったんです」

求めていたテーマには3つの条件が必須だった。成功したときに社会に与えるインパクトが大きいこと。誰も取り組んでいない、あるいは誰も成功していないこと。そして、リスクは高いが、『もしかしたら、できるかもしれない』という可能性があること。それら全てを満たすテーマが見つかったのは、大学4年生の飲み会の席だった。

地上最強の虫は何か――。友人の素朴な疑問を火種に、研究室メンバーとの議論が白熱した。さまざまな意見が出る中、「猛毒を持つスズメバチ」で決着したかに見えたが、最後に出た「それを食べてしまうのはクモ」という意見に、一同がはっと息を飲む。自分よりもはるかに大きな虫ですら、強靭かつしなやかな巣で捕らえてしまう。そんなクモが作り出す糸は、世界最強の天然繊維に違いない。

「これなら人生を懸けられる」。求め続けたテーマに出会った瞬間だった。話の流れから、その場で会社名も決まった。スパイダー(クモ)とファイバー(繊維)で、スパイバー。

早速、関山氏は図書館に向かい、「クモ」にヒットした文献を全て読み漁った。するとクモを家畜化し蚕のように均一の糸を作らせるという事は不可能だということが見えてきた。クモ糸の種類は実にさまざまで、何万種類も生存するクモが、それぞれ異なるクモ糸を作り出しているからだ。しかも、一匹のクモが用途によって何種類もの糸を使い分けるので、安定的に同じ品質の糸を採取できない。その上、クモは縄張り意識から共食いが激しく、飼育に適さないことも分かった。

そこで、関山氏はクモ糸の遺伝子を抽出し、それを微生物に組み込むことで、大量に生産させる方法を思いついたのだ。その研究で着目したのが遺伝子配列だ。すべての生物の細胞にはDNAがあり、その中には遺伝子情報、つまりタンパク質の設計図が書き込まれている。関山氏らは量産化に最適なクモ糸遺伝子の配列を突きとめ、それを微生物に組み入れることで、短時間で低コストな人工合成クモ糸の生産技術を開発した。このアプローチは、世界のどの研究グループも着目していなかった。

修士課程の修了が迫った2007年1月。顕微鏡を覗くと、初めて糸らしいものが確認できた。「諦めの悪さは普通の人以上」という関山氏。何千回と試行錯誤を重ね、ようやく努力が報われた。この小さな人工合成クモ糸を頼りに、同年9月にスパイバーを設立創業。メンバーは、研究室仲間の菅原氏、そして高校時代に起業の夢を語り合った水谷氏と合わせて3人だ。

2009年にはベンチャーキャピタルから総額3億円の資金調達に成功。13年には小島プレス工業と共同で、月産100kg以上の人工糸を生産できる試作プラントを立ち上げた。まず自動車関連分野での用途開発を進めており、この取り組みで小島プレス工業の鈴木氏が今年6月、内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラムマネージャーに採択され、国をあげた支援が始まっている。

クモ糸素材の人工合成ライン。微生物にクモの遺伝子を組み込み、培養する

「本当のスタートはこれから。でも、ここまで辿り着けたのは、投資家や仲間に恵まれたおかげです。自分たちの事業は、短期的に儲かるものではありません。『会社は社会のためにある』。そんな僕たちの経営ポリシーに共鳴してくれた多くの人に、感謝しています」

ボビンに巻き取った合成クモ糸繊維。着色も自在

タンパク質の産業化で世界にイノベーションを

事業の足掛かりがクモ糸であることは事実だが、単にクモ糸を人工的に合成することだけが目的ではない。関山氏は、本質的な取り組みの意図について、「タンパク質を産業的に使いこなせるようにすること」だといい、こう続ける。

「すべての生物は、タンパク質を基幹素材として使いこなしています。タンパク質は、20種類のアミノ酸だけで構成され、その並び方を変えるだけで、髪の毛や爪、絹糸、クモ糸が作られています。地球上に多種多様な生物が生き残っているのは、環境の変化に合わせて進化を続けてきたから。つまりは、アミノ酸の並び方を変えてきたからです」

どのアミノ酸をどんな配列で並べると、目指す特性を持ったタンパク質になるか―。関山氏らはクモ糸の研究を通じて、まるで玩具のブロックを組み合わせるように、20種類のアミノ酸を自由に組み合わせながら、さまざまな特性を持つタンパク質を作り出そうとしている。

「QMONOS®」を使って織られたドレス。鶴岡の絹織物企業も制作に協力した

「例えばメーカーから『こんな製品を作りたいから、こんな機能の繊維がほしい』といった要望があれば、素材をいくらでもカスタマイズして提供することも不可能ではなくなるでしょう」。組み込む遺伝子を変えれば、微生物から何千何万種類ものタンパク質を生産できるということは、従来の工場やものづくりの概念を根底から覆すだろう。

今や海外企業からの引き合いも多いというが、「価値のあることをやっていれば、場所はどこでも関係ない。それが鶴岡だろうと、シリコンバレーだろうと」と、力を込める。

「QMONOS®」は加工によって繊維、フィルム、ゲル、スポンジ、パウダーと様々な形態での供給が可能

「鶴岡市は小さく、決して財政が豊かな都市ではありません。にもかかわらず、県と市が折半して、先端生命科学研究所に億単位の資金投入を続けてくれた。中長期的なビジョンを持ち、リスクを取って僕たちを支えてくれる山形県と鶴岡市の期待に応えたい。その想いに変わりはありません」

新素材「QMONOSS®」を足掛かりに、タンパク質を素材として使いこなす時代を切り拓くこと。そして、鶴岡が世界的な技術革新都市として名を馳せること。関山氏の夢は途切れることなく、さらなる高みを目指している。

小島プレス工業と共同で整備した実証プラント。2015年にはいよいよ量産が始まる

関山和秀(せきやま・かずひで)
スパイバー 代表執行役

地方創生のアイデア

月刊事業構想では、「地域未来構想  プロジェクトニッポン」と題して、毎号、都道府県特集を組んでいます。政府の重要政策の一つに地方創生が掲げられていますが、そのヒントとなるアイデアが満載です。参考になれば幸いです。

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