2014年10月号

事業構想学を構想する

「三方よし」のビジネスモデル 未来に永続する事業の必須条件

小塩篤史、中嶋聞多(事業構想研究所 実践知研究センター)

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近江商人の「三方よし」のひとつに、「世間よし」という考え方がある。社会に対して長期的な展望で貢献する事業となっているか。事業を構想していく上で、常に考えるべき「社会的意義」について考察する。

事業構想の社会的意義

近江商人は「三方よし」の経営哲学を生んだ 出典:東近江市近江商人博物館ホームページ

これまで事業構想における「アイデアの発・着・想」から「構想案の構築」まで、連載を続けてきた。前回の「構想案の構築」において基本的なビジネスモデルの設計をおこなうことを記したが、その際に意識すべき重要な観点について、今回は深掘りしてみたい。それは「事業の社会的意義」である。前回お示ししたビジネスモデルハウスの中に、「社会的意義」を記載する欄がある。ビジネスモデルの一部として、社会的意義を想定することに、違和感を覚えられる方もいるかもしれない。今回はその「社会的意義」について考えてみたい。

事業とは、ある目的をもって組織的・継続的にとりくむ仕事をさす言葉である。したがって、事業を構想する際には、目的、組織、持続性は必須の要素となる。まず事業の目的は社会にとってよきものでなければならない。さもなければ「事業」ではなく「悪業」となる。社会が必要とするものを生み出し、社会の発展に寄与するものでなければならない。すなわち事業には社会的意義がなければならない。

さらに事業をおこなうには組織が必要となる。一人でできる仕事には限りがある。事をなすには組織がなければならない。マネジメントの大家ピーター・ドラッカーはいう。

「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは、組織それ自体のためではない。社会的な目的を実現し、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである。組織は目的ではなく手段である。したがって問題は、その組織は何かではない。その組織は何をなすべきか、あげるべき成果は何かである。」

「持続性ないし継続性も事業には欠かせぬ要素である。いかによき事業であってもほんの一時的なものでは意味がない。継続してこそ社会的な役割をはたすことができるのである。そのためには自走できる仕組みとしての収益が必要となる。」

「人を幸せにし、社会をよりよいものにするには、組織がよい仕事をしなければならない。財・サービスを提供して物的な豊かさをもたらさなければならない。人を生き生きと働かせ、人の心に豊かさをもたらさなければならない。」(出典:『マネジメント』)

これらの言葉を見ていると、事業は社会の中に「いきもの」のように生きている。いかにして事業を社会の中で息づかせるか、ここに事業が生きつづけ、社会へ貢献しつづける鍵がありそうである。

日本の商人道における社会的意義

これまでの連載で、事業構想において未来を考える重要性を説いてきたが、ここで少し時代をさかのぼってみる。現代のビジネス環境はあまりに複雑で、事業が社会の一部であることを体感するケースはそれほど多くないかもしれない。しかし、例えば、江戸時代の日本の商人道を見てみると、人と人のより直接的な関わりの中で、この社会の中のいきものとして事業の性格をよりはっきりと見ることができるように思う。

古来、日本においては事業の社会的意義が非常に重視されてきた。売り手よし、買い手よし、世間よし。いわゆる「三方よし」は、高島屋や伊藤忠商事、住友財閥などわが国を代表する企業のルーツとされる近江商人の経営哲学をあらわす言葉としてあまりに有名である。

近江とは琵琶湖の周辺、現在の滋賀県に相当する地を意味する旧国名であるが、江戸から明治にかけて、数多くの大商人を輩出した地でもある。彼らのビジネスは「持ち下り商い」、すなわち上方の商品を地方へ、地方の商品を上方へ販売しながら持ち帰る両方向の行商が基本であった。それらはやがて卸行商、そして全国各地の出店を拠点にした「諸国産物廻し」へと発展し、さらに両替商などさまざまな事業へと多角化していった。

行商はもとより、出店も近江出身者でかためるビジネス手法は、いやおうなく当地における「よそもの意識」を醸成する。それゆえ適正な利益と顧客満足に加え、地域や社会への貢献がその経営理念として深く根づいていったと思われる。ある近江商人の系列で伝承されている「商売の十教訓」にも、「商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり」という一条がある。

さらに江戸商人の経営目標を見てみると、「家業の永続・事業の永続(Going Concern)」の確保が最高の経営目標であった。これは現代的な意味での事業の継続性とは必ずしも同じではないが、この永続性の尊重によって日本は世界一の数の長寿企業を輩出したともいえるであろう。

江戸商人は、寺子屋などの初等教育の充実による人材育成や今でいうところの社内研修を重視し、健全な人材開発で社会に貢献していた。また、「仲間定法」という事業永続のためのしくみをつくり、一方で過当な競争を避けながら、消費者の保護や法令遵守、紛争回避などの健全な商行為のためのしくみをつくり、「公」への貢献をめざしていた。

これらはまさに現代でいうCSR(Corporate Social Responsibility企業の社会的責任)であり、事業の永続性の確保には、CSRが不可欠であるという哲学が既にこの時代から見ることができる。

近江商人、江戸商人に共通して感じられるのは、「人」を大切にする経営であり、顧客との継続的な関係を重視している点である。そして「人」の集合として「社会」を非常に尊重している点である。

出典:末永國紀『近江商人学入門 CSRの源流「三方よし」』

事業の社会的意義の潮流

ひるがえって現在の資本主義経済に目を移すと、企業体は「株主価値の最大化」を経営目標として突き進んでいることが多い。そこでは、株主価値は、企業価値と等価であり、その最大化こそが経営の目的とされる。一方で、企業は社会の中の存在として、社会への貢献から目を背けるべきではないという議論がある。古くは、フィランソロフィーやメセナといった企業による社会貢献活動があり、近年では、CSRを果たすことは企業の必須要件となっている。CSRは、組織統治や労働慣行、環境への影響や消費者対策など社会の一員として、遵守すべき責任を守るものである。CSRの考え方は北米と欧州でも相違があり、欧州ではより社会の一員として果たすべき積極的な責任が規定されていることが多い。フィランソロフィーやメセナが一種の企業のブランディング活動としておこなわれていたのに対して、CSRは社会的存在としての説明責任が問われている。

CSRは、その遵守により事業の社会的存在意義を高めるものであるが、より直接的に社会的意義をベースに事業開発をおこなう流れとして社会起業やCSV(Creating Shared Value:共有価値の創出)などがあげられる。社会起業は、社会的課題解決を目的として収益事業に取り組むことである。また、CSVは戦略論の大家であるマイケル・ポーターが2006年に提唱したものであり、単に社会的説明責任を果たすだけでなく、企業は社会課題に取り組むことで社会と価値を共創していくことが今後の重要な戦略になるとしている。CSVにおいては、単に「社会に良いこと」をするだけでなく、社会課題を解決しながら、企業の利益最大化を同時に図る点に特徴がある。

株主価値の最大化を至上命題とする米国においても、以下のような警鐘をならす経営学者がいる。

「大多数の企業は株主価値の最大化にむけて努力しているが、様々な角度から見て、この目的は適切なものとはいえない。富の最大化というお題目は、働く人の心を揺り動かすだけの力を持たず、熱意を十分に引き出すことはできない。『会社は本当に立派な存在なのだろうか』という疑念を拭い去る力を持たないのである。しかも、具体性や説得力に欠けるため、再生へのきっかけにもならない。この様な理由から、新時代のマネジメントは、世の中から重要で高尚だと認められる目標を立て、その達成を目指さなくてはいけない。」(ゲイリー・ハメル『経営は何をなすべきか』)

資本主義、グローバル化、情報化は、企業経営をより複雑なものにしている。混沌とした環境の中で自社の生存を考えることが最優先とされ、社会的環境は二の次になるのは自然な流れかもしれない。ただ、少し長期的な視点で見た場合、事業体が社会の一部である以上、組織マネジメントの観点からも社会の要請の観点からも、事業経営は社会的意義を無視しておこなうことはできないのではないだろうか。

出典:Michael E. Porter, Mark R. Kramer Creating Shared Value. Harvard Business Review (2011)より筆者訳

ビジネスモデルハウスの意図

ここでもう一度ビジネスモデルハウスの意図に立ち返ってみる。ビジネスモデルハウスは、ビジネスモデルキャンバスに「三方よし」の概念が組み込んだものである。事業構想の「構想案」は、事業の継続性や社会的意義を常に含んでいる必要がある。ビジネスモデルとして提示する際も、それらの側面は必ず意識する必要がある。

「買い手よし」は、「顧客セグメント」と「顧客価値」で定義され、どのような顧客に、どのような「価値」を提供するかを考える。これはあらゆる事業の基本的な要素である。「売り手よし」は、「収益の流れ」と「自組織への意義」で定義される。売り手にとってどのような収益をもたらすのかという直接的な便益と事業が組織にうみ出す便益、たとえば、受け継がれている経営理念の実現に寄与する、自組織の社会的認知度が向上する、自組織の構成員の動機づけにつながるなどが想定される。

最後の「世間よし」は「社会的意義」と「創造する未来」によって表現される。ここでいう社会的意義とは事業の全体が社会に対してどのような貢献を果たしているかということである。事業体と社会を分離して考えるのではなく、社会の一部、社会の公器として事業が果たしている役割である。たとえば「価値提案」では、顧客の欲求に対して何を提供するのかという提案がなされるが、「社会的意義」では、それらを越えて社会に対してなしうる貢献を明記すべきである。

もとより事業が存続することで、雇用をうみだす、事業パートナーの活性化に繋がる、地域の経済に貢献する、社会の課題解決につながるなどさまざまなかたちで社会に貢献することが可能である。社会的意義とは、いわゆる社会起業のように、社会課題の解決に特化することだけでうまれるものではなく、事業運営をしていく上で重要な資源である「ヒト」「モノ」「カネ」を適切に活用すること自体が、既に大きな社会的意義を含んでいるのである。

「ヒト」の第一は事業に関わる人材であり、事業に直接関わっている人々がモチベーションや満足度が高く働き続けられる、事業のパートナーである関連組織の人びとと良好な関係を構築すること、そしてそれらが継続することで事業は社会的意義を帯びるのである。また「モノ」や「カネ」の動かし方、事業形態の選択によっても、社会に大きく影響を及ぼす可能性がある。事業体は、社会を活性化する動力源であり、その社会的立場を理解することこそ、事業の社会的意義を理解することである。さらに、「創造する未来」を意識することで、社会に対して長期的な展望で貢献する事業の立ち位置を明確にするのである。

出典:Osterwalder.A & Pigneur. Y.『ビジネスモデル・ジェネレーション』(翔泳社、2012)より一部改変

未来に永続する事業構想を

「社会の公器として持続的に事業を営むこと」(清成忠男『事業構想力の研究』における東英弥理事長の発言)は事業構想家が持つべき必須の心がまえである。持続的に事業を営む上で、「三方よし」や「社会的意義を果たすこと」こそ最高の戦略であることは、日本の経営史が実証しているように思う。CSVのような流れも社会課題の解決に企業が積極的に取り組むという意味で歓迎すべき流れではあるが、社会課題解決だけが社会的意義だとは必ずしもいえないであろう。むしろCSVの議論などを見ていると、企業と社会が分離しているイメージがある。あくまで事業は社会の一部であり、全体の生態系の中で、公器として振る舞うこと自身が社会的意義を果たしていることではないだろうか。

近江商人は「三方よし」を旨とすることによって、行商人という「よそもの」でありながらも「信頼」を獲得してきた。「信頼」を得た事業は、さらに多くの人を巻き込み、多くの価値を提供し、いきもののように成長を続ける。「信頼」は事業にとって最高の資産であり、マーケティングやブランディングの究極の目標でもある。構想案の段階で、明確な「社会的意義」「持続性」に対する意識を持つことが、信頼醸成の第一歩となり、構想案の実現に向かっての推進源となるであろう。

実践知研究センター
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