自分の常識を疑うことから新しい世界への挑戦が始まる

かつて「光速流」と呼ばれる棋風で将棋界を席巻した男が、苦境に立たされている。谷川浩司九段。日本将棋連盟会長が、A級順位戦からB級1組に降級したのである。谷川は現役を続行し、実力者揃いで「鬼の棲み家」と称されるB級1組で再起を図る。挑戦者に戻った谷川が一手にかける思いとは?
Photo by 山本雷太 text by 川内イオ

 

谷川浩司九段

今年1月、将棋界に衝撃が走った。

日本将棋連盟会長の谷川浩司九段が、32年間在籍していたA級順位戦から陥落したのである。

順位戦は五層構造になっていて、A級を頂点にB級1組、B級2組、C級1組、C級2組に所属する。

順位戦の最上位A級は定員10名で、現在、日本将棋連盟に所属するプロ棋士163名のトップ10ということになる。

史上2人目の中学生棋士として1976年にプロデビューした谷川は、1982年にA級に昇級すると、昨年度までトップ10の地位を守ってきた。この32期連続A級という記録は史上2番目の長さで、これまでのタイトル獲得数も歴代4位につける。なおかつ将棋連盟会長として将棋界のトップに立つ谷川だけに、B級1組への降級は驚きを持って伝えられた。

将棋界を代表する立場で多忙な身でありながら、A級昇級を目指して再スタートを切るのは、並大抵なことではない。これまでとは質の違う周囲の視線や重圧を考えれば、引退するという選択肢もあったはずだ。

しかし、谷川はあえて自分を追い込むいばらの道を選んだ。復活を期す谷川に、いま改めて「一手」にかける構想力について尋ねた。

棋譜に求められる個性と芸術性

谷川は、「将棋の棋士は研究者、芸術家、勝負師、この3つの顔を持つ必要があります」と語る。

研究者の要素は理解しやすい。将棋はデータ分析が勝敗のカギを握る。現在、過去30年以上にわたって行われた約9万局の公式戦の棋譜がデータ化されており、プロ棋士はこの棋譜の研究を日課としている。そこには無数の勝利のパターンが記されているからだ。

しかし、谷川は研究に頼り過ぎてはいけないと指摘する。

「研究を積むことでマイナスに作用することがあるとすれば、先入観に支配されて新しい発想が出てこなくなること。今や情報を知っていることは当たり前のことで、それにどれだけプラスαできるかどうかが、一流から超一流になれるかどうかの分かれ目になるでしょう。対局は序盤、中盤、終盤に分かれますが、特に序盤、中盤は芸術家の部分が大事になってくると思います。将棋というゲームは、もちろん勝負でもありますが、二人で一つの作品を作り上げていく作業でもあります。棋士が残せるのは棋譜だけなので、その棋譜に二人の個性が反映されていなければ、その棋譜に価値はありません」

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