都市部住民の移住を呼ぶ池谷・入山集落 限界集落の大作戦

過疎化が進み限界集落として消滅の危機にあった池谷・入山集落は、イベントによる集客、農産物の直売、都会からの移住者の受け入れと自立・復興の道を着実に歩んでいる。

体験型イベントでは住民と参加者が一体となって汗を流す

「限界集落」―この言葉をご存じの方も多いだろう。高齢化・過疎化が進んだ結果、共同体としての機能が低下し消滅へ向かっている集落を指す言葉である。「少子化」や「地方と都市との二極化」が顕著となっている日本では、全国的に問題となっている現象と言える。新潟の十日町市にある池谷・入山集落は、かつて消滅が危惧される限界集落だった。

秋の集落の景色は、まさに日本の原風景といえる

1960年代には100人以上が住んでいた池谷・入山集落は、徐々に住民が減っていき池谷集落の奥にある入山集落は機能を維持できず平成元年に廃村となった。残った池谷集落も2004年に発生した中越地震で被害を受けた結果、さらに2世帯が集落を離れ6世帯のみとなってしまう。廃村の危機に直面した際、心のケアと自立支援を目的に世界中で活動している特定非営利活動法人JEN(ジェン)が、ボランティアを派遣し集落の支援を行なってくれた。集落自体もボランティアの受け入れを実行するため、十日町市地域おこし実行委員会を結成。委員会の活動はその後、震災の被害から復旧するに伴い地域おこし活動へと進化を遂げた。

「米を直売するなど自立が実現すれば、集落はより発展できるのではないか」と農作業や体験イベントの実施で全国から人を集め、限界を囁かれた集落は活気を取り戻し始めたのである。

集落の湧き水で作られている山清水米

現在、委員会の事務局長を務めている多田朋孔さんは、都市部から集落への移住を決めた一人だ。勤務していた東京の企業がJENの支援を行っていた関連で池谷・入山集落の存在を知ったという多田さんは、東京で働きながら月に一回ほど農作業の手伝いに集落を訪れるようになった。

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