崖っぷちからの飛翔

ボクシングを始めた15歳の時は平凡なパンチしか打てず、劣等感さえ抱いていた。そんな男が15年後に世界を制することを、誰が予想しただろう。6度目の防衛を果たしたばかりの王者は「最初からでかい夢なんて持たなくて良い」と笑った。

あと数時間で年が明けるという昨年の大晦日の夜、WBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志はリングの上で、チャンピオンベルトを掲げていた。この日、WBA世界スーパーフェザー級暫定王者のブライアン・バスケスとの王座統一戦を8ラウンド、テクニカルノックアウトで制し、6度目の王座防衛を決めた。

内山はアマチュア時代、全日本アマチュアボクシング選手権3連覇、2002年のよさこい高知国体で優勝するなど圧倒的な実績を引っさげてプロになり、プロ入り後も戦績は19勝1分け16KOと負けなしで、今や名実ともに日本を代表するボクサーの1人である。

しかし、これまでの内山の人生を振り返ると、そこにあるのは、華やかさよりもむしろ泥臭さ。内山は、「もっと強くなりたい」という一心で、圧倒的な練習量を糧に壁をぶち破り、世界の頂点まで這い上がったのだ。

平凡だったパンチ力 大学時代に覚醒

KO率80%を誇り、「ノックアウト・ダイナマイト」の異名を持つ内山だが、地元の強豪校、花咲徳栄高校ボクシング部に入った頃は、誰にでも打てそうなパンチしか持っていない、平凡な少年だった。内山はこう振り返る。

「高校のボクシング部に入ったばかりの頃、サンドバックにパンチを打ったら、先輩に『まぁ、普通だな』と言われました(笑)」

スパーリングをしても同級生に敵わず、入部してからしばらくの間、顧問の教師にも先輩にも相手にされなかった。子どもの頃にしていた水泳も陸上も野球もサッカーも、仲間が自分より上手くなっていくのが嫌で3年間しか続かなかったから、「ボクシングも長くないかな」と半ば投げやりになっていたそうだ。

唯一、他のスポーツをやっていた時と違ったのは、「こいつらより強くなってやる」という反骨心が湧き上がってきたことだった。

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